競争力のある企業を育てるために。長野県が描くスタートアップ支援の形

長野県から世界を目指す起業家・経営者を全力で支援する、創業支援拠点運営事業信州スタートアップステーション(SSS)。
今回は、長野県産業労働部経営・創業支援課の関遼樹さんに、長野県が目指すスタートアップ支援の形について、お話を伺いました。
<お話を聞いた人>
関遼樹(せき はるき)さん
長野県産業労働部 経営・創業支援課主任。長野県職員、デロイトトーマツベンチャーサポートへの出向を経て、2023年に長野県庁へ復帰。アクセラレーションプログラム、スタートアップ拠点構築事業に従事し、地域イノベーターとして、地域課題解決とビジネスの両立を目指す。
スタートアップが競争力をつけるための「ファンド」
――長野県では様々なスタートアップ支援をされているかと思いますが、これから特に推進していきたい取り組みについて教えてください。

我々が実現したいビジョンは、「競争力のある企業を生み、次世代産業を創出していく」ことです。県が起業家達のチャレンジを後押しするために力を入れているものの一つに「ファンド」があります。「ファンド」による出資とは、簡単に言えば、月々の返済が必要なく、株と引き換えに、企業が資金を調達する仕組みです。
――返済が必要ないのですか!
はい。ただ、やはり株を渡すので、企業として一定の成長を求められる面はあります。やりたいことがあるのに、なかなか金融機関からの融資が付かない方に、知っていただきたい仕組みです。
――利用者はいらっしゃるのですか?
令和4年度からこれまでに20社の利用実績があります。年間数件なので、昨年一年間の創業の件数が約1300件であることを考えれば、ファンドの利用者はごくごく一部という現状です。
やはり一定の資本がないと、やりたいことを実現させたり、大きくしていくことは難しく、スタートアップ企業に競争力をつけてもらうためにも、利用者を増やしていきたいです。
――ファンドを利用するのは、ハードルが高いのではないでしょうか?
ファンドを利用したいと申し出があった場合には、これまで数多くの地方創生ファンドを運営してきたミライドア株式会社(東京都)や、SSSのコーディネーターが支援を行います。まずはご相談いただければと思います。
長野という土地で、ビジネスにしっかりと挑戦できる環境を整えていくことが、我々の大切な役割です。起業のために地方から東京へ出ていくケースは多いですが、逆に、広大なフィールドがあり、競合も少ない長野で起業する方が、起業に適している場合もあります。
実はファンドは県内企業でなくても、長野県内に拠点を設けている企業であれば利用ができて、現在3社のスタートアップがファンドを利用しています。
――ファンドの利用者を増やしていくためには、ある程度ビジネスの土台ができている人を増やしていく必要がありそうですね。
そうですね。ファンドの前段階として、どなたでもSSSの窓口をぜひ利用してもらえたらと思います。SSSの窓口に来てもらえれば、「こういうことをやりたい」「こういう世界を実現したい」というアイデアをコーディネーターと壁打ちしながら、形にしていくことができます。
資金調達の方法としては、融資、補助金、投資などがありますが、ビジネスモデルが合っていれば、ファンドの利用をコーディネーターがサポートをしますので、ぜひ利用していただたらと思います。
競争力のある企業を育てるために、既存企業を巻き込みたい
―――「競争力のある産業を生んでいく」ために他にも取り組まれていることはありますか?
一社だけ業績がバンと伸びても、長野県の産業全体には響かないと思っています。スタートアップの盛り上がりを、局地にとどめないためにも、既存企業をどんどん巻きこんでいきたいと考えています。
県内の既存企業も「新規事業をどう進めていけばいいのだろう」「経営課題にどう向き合えばいいのだろう」という課題に常に悩まされています。そこで、スタートアップと手を取り合うことで、解決の糸口が掴めるかもしれません。
スタートアップは、経験豊富な既存企業の知見やリリースを活用できて、既存企業はスタートアップの新しい目線やアイデアに触れることができる。お互いにメリットを享受できるというわけです。
また、東京ではなく、長野だからこそできることを意識したいです。例えば、長野県は製造業が盛んで、精密加工の高い技術を持った企業がたくさんありますよね。実はそういった企業は、ヘルスケア部門のスタートアップと相性が良い。精密機器の技術は「検査」「小型化」に強いので、スタートアップのアイデアを掛け合わせることで、新たなビジネスの創出が期待されます。
―――社会の高齢化も進んでいきますし、需要が高そうですね。
人体は世界共通なので、市場としては非常に広いと考えています。
また、食や観光も長野の強みなので、日本酒・ワイン・発酵食など、バラエティ豊かな県内企業がたくさんあります。そういった企業と、スタートアップが手を組むことで、これまでに無い面白い取り組みが生まれるのではないかと考えています。
スタートアップと既存企業のマッチング
―――そうなってくると、両者の出会いの場がもっと欲しいですね。
県内企業とスタートアップの接点を増やすためのイベントも開催しています。2024年10月に長野市、2025年2月に諏訪市でオープンイノベーションフォーラムを開催し、合計254社にご参加いただきました。
これからは、既存企業からも、スタートアップへ歩み寄る仕組みを作りたいと考えています。ここで問題となってくるのが、スタートアップと地域の既存企業のスピード感の違いですが、両者の間に入って、コミュニケーションをスムーズに進めるための橋渡しをするのがSSSのコーディネーターです。実はSSSではイベントの開催だけではなく、そのあとのフォローアップにも力を入れているのですよ。
―――具体的にはどのようなことをされているのですか?
例えば、先ほどの信州イノベーションフォーラムの参加者に対してアンケートを実施し、その回答をもとに、起業や金融機関との面談のコーディネートなどを行っています。イベントをやっておしまいではなく、きちんと次に繋げて、結果が出るようにしてます。これからも、既存企業とスタートアップ企業がお互いに歩み寄れるような取り組みをどんどん進めていきます。