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総合商社から信大発ベンチャーへ|AKEBONOが描く信州発グルテンフリー事業の未来【前編】先輩起業家インタビュー
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総合商社から信大発ベンチャーへ|AKEBONOが描く信州発グルテンフリー事業の未来【前編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。

「学生の頃から『いつか起業したい』という思いがあり、ずっときっかけをずっと探していました。子どもの小麦アレルギーがわかったときに、自分の課題と社会課題をリンクさせることができるなと感じて。ちょうどその頃に長野市と信州大学がソルガムという穀物の生産に力を入れていることを知ったんです」

そう語るのは、信州大学発ベンチャー「AKEBONO株式会社」を立ち上げた井上格(いのうえ いたる)さん。井上さんは、小麦アレルギーを持つ息子のために安全な食材を探す中で信州産の「ソルガム」という雑穀と出会い、事業化の可能性を感じて長野市に移住し、創業に向けて動き始めました。

インタビュー前編では、ソルガムとの出会いや、長野への移住から創業に至るまでの道のりを聞きました。

<お話を聞いた人>
 AKEBONO株式会社 代表取締役 井上 格

栃木県出身。早稲田大学大学院卒業後、東京の商社に就職。2018年に長野市地域おこし協力隊として着任し、翌年から「ながのブランド郷土食」社会人スキルアップコース※1を履修し、そこでの学びを基にAKEBONO株式会社を設立。同社は信州大学発ベンチャーとして認定されており、ソルガム研究の第一人者である信州大学の天野良彦元学部長との連携のもと事業を展開している。

※1 信州大学大学院総合理工学研究科の個性・特色を生かしつつ、長野市と連携し、企業からは実務家講師を迎え、食品製造分野での技術革新を担う人材を創出し、地域経済の活性化と発展に貢献することを目的とする社会人向けプログラム

信州産ソルガムでグルテンフリー市場拡大を目指す

――まずは株式会社AKEBONOの事業内容を教えて下さい。

信州産ソルガムを中心とした食品の生産・加工・販売を行っています。具体的には3つの事業があって、1つ目がソルガムを中心とした信州産食材の生産・流通を行う地産商社としての事業。2つ目がグルテンフリー食品のOEM製造受託事業、そして3つ目がグルテンフリー専門のアンテナショップ「縁-enishi-」での食品販売です。

――ソルガムとはどんな素材ですか?

ソルガムは世界5大穀物の一つとされ、日本では「タカキビ」「モロコシ」とも呼ばれているイネ科の雑穀です。アフリカ原産で、紀元前約3000年前から栽培され始め、インドやアジアなど広範囲に広がっていきました。

日本には遅くとも平安時代に伝来したといわれており、信州でも古くから栽培され、米の代用でお餅として食べられていました。最大の特徴は、グルテンフリーでアレルゲンフリーということ。さらにGABAやポリフェノール、食物繊維なども豊富に含まれているスーパーフードなんです。

栽培も比較的簡単で、山間地域でも育ち、耕作放棄地の活用にも適しています。現在は、50団体以上の生産者さんと連携して、年間10〜15トンのソルガム生産体制を構築しています。

長野県でのソルガム研究についての歴史は長く、現在も信州大学、長野市と産学官連携で地域循環型社会実現の鍵として信州産ソルガムの普及に努めています。

――お子さんの小麦アレルギーが発覚したことがAKEBONOの創業につながったと伺っています。もともと「起業したい」という思いはあったのでしょうか。

大学生ぐらいの頃から漠然と「いつか起業したい」という思いがありました。しかし、具体的なアイデアはなく、ずっときっかけを探していました。大学院卒業後は東京の総合商社に就職し、国内外いろんなところを周りながら「自分の好きな場所はどこか」「やりたいことは何か」を探し続けていました。

そんな中で、妻の実家がある長野市を何度も訪れるうちに、「ここが一番自分に合っているな」という感覚があって。次第に「いつか長野で暮らしたい、起業するなら長野がいい」という思いが大きくなっていったんです。

子供の小麦アレルギーがきっかけで総合商社を退職、長野移住と創業を決意

――日本各地や世界を見た上で、「長野で起業したい」という思いが生まれたのですね。

「長野で起業したい」と思い始めてからは、約5年ほど会社員を続けながらタイミングを見計らっていました。

具体的な事業のアイデアが固まる前から、「信州ベンチャーサミット」に参加するなどアクションを取っていたことで、長野や起業に関わる人とつながりができたことは大きかったと思います。今でもお世話になっている信州スタートアップステーションのコーディネーターである森山さんとは、移住前から顔見知りだったんです。そうして長野とのつながりを少しずつ増やしながら、いざチャンスが来たときに一歩踏み出せるようにちょっとずつアクションを重ねていました。

――そこから現在の事業を思いつくまではどんな経緯が?

ソルガムという素材自体を見つけられたのは本当にたまたまでした。

長男の小麦アレルギーがわかったとき、「これなら自分自身の課題と社会課題をリンクさせることができる」と感じ、グルテンフリー食材を扱う事業のアイデアが生まれたんです。

そこから、「長野で何ができるだろう」といろいろと調べていく中で、ちょうど信州大学と長野市がソルガムを普及するプロジェクトを行っていると知って。長野市でソルガムの普及活動をする協力隊の募集があったので、そこに飛び込んだんです。

そうして2018年に長野市地域おこし協力隊として着任・家族で長野市に移住し、翌年から「ながのブランド郷土食」社会人スキルアップコースを履修し、そこでの学びを基にAKEBONO株式会社を設立しました。

――長野で起業したからできたことや、得られた支援はありましたか?

もともと「長野で暮らしたい」という思いがあったので、「来てよかったな」というのが素直な感想です。田舎過ぎず都会過ぎず、でも自然があって。生活面でも子育てする上でも、私にとってはとてもバランスがいいです。「やっぱり東京に戻りたい」と思ったことは一度もありません。

また、私が移住してきた当時はまだ移住者も起業家も珍しかったので、創業前から新聞やテレビなどさまざまメディアに取り上げていただいたことは、その後の営業活動において非常に助かりました。都会での起業ではこうはいかなかっただろうなと。

産学連携が生んだ信州大学発ベンチャーならではの強み

――移住後は、実際にどのようなステップで事業化を進めていったのですか?

まずはソルガムを育てるところからですね。ソルガムは農作物なので、年に1回しか採れないんです。なので、「ソルガムで事業をやろう!」と意気込んで長野にやってきたものの、初年度はまだ売るものがない状態でした。

まずは信州大学や生産者の方と連携してソルガムを育てつつ、「ソルガムという素材があるのですが、来年収穫できたら使ってもらえますか?」と地道にヒアリングや営業を重ねていきました。また、同時に行政や金融機関・支援機関と相談をしながら法人化に向けた準備を行いました。

――まずはソルガムを育てるところからのスタートだったのですね。現在AKEBONOでは、50団体以上の生産者と連携し、耕作放棄地の活用にも乗り出していますが、生産者側との連携はどのようにアプローチしていったのでしょうか。

生産者さんとの連携については、やはり行政や信州大学と一緒にやらせていただけたことが大きかったと思います。まずは地域の農家の方さん向けにセミナーや講習会・報告会を開いていただき、そこに来てくださった方々に種を配布することから始めていきました。

県外から来た20代の起業家が、いきなり農家さんに直接電話して「おたくの畑でソルガムを作ってくれませんか」とアプローチしていくのはさすがにハードルが高すぎたと思います。生産の面では、長野で信頼の厚い信州大学が間に入ってくれたおかげで、一気に事業が進みました。

――創業当初の2019年は、まだグルテンフリー市場自体が小さく、ソルガムという素材も認知されていなかったと思います。どのように市場を広げていきましたか?

大学・行政は特定の企業への営業はできないので、販売を進めるための営業活動は自分が担っていました。今でこそグルテンフリーという言葉は共通言語みたいになりつつありますが、当時は小麦アレルギーやグルテンフリーという概念自体がまだ全然浸透しておらず、最初の頃はなかなか大変でしたね。

特に1年目は先ほどお話ししたようにソルガム自体が収穫前で素材もなかったので、正直しんどい部分もありました。「今後グルテンフリーの流れが来ますよ」「そもそもソルガムというのは……」とゼロから説明していくことが必要でした。

最初は、ただソルガムを生産して「この素材を使って何か作ってください」と売り込みさえすれば事業が成り立つと思っていたんですが、それだけではなかなか広がらなかったんです。ソルガムは、小麦粉の代わりにそのまま使えるとはいえ少し使い方にノウハウやコツがいります。そのため、ただ説明するだけでは実際に使っていただけるまでのハードルが高く、どれだけ営業を続けてもそんなに手応えがなくて。

そこで、「まずは自分たちがやってみよう」と、創業当初は想定していなかった6次産業化や店舗経営にも踏み出すことにしたんです。これがAKEBONOにとって大きな転機になりました。

インタビュー後編では、創業から5年を経た現在の事業と、今後の展望について聞きました。株式会社AKEBONOのホームページ
グルテンフリー専門のアンテナショップ「縁-enishi-」のホームページ