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総合商社から信大発ベンチャーへ|AKEBONOが描く信州発グルテンフリー事業の未来【後編】先輩起業家インタビュー
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総合商社から信大発ベンチャーへ|AKEBONOが描く信州発グルテンフリー事業の未来【後編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。

「みんながみんな全く同じことやっていたら競合してしまうと思うんですが、それぞれの強みを生かして連携できれば、お互いに成長していくことができる。そういう広がりを今後も増やしていければ」

そう語るのは、信州大学発ベンチャー「AKEBONO株式会社」を立ち上げた井上格(いのうえ いたる)さん。創業から5年、AKEBONO株式会社は50団体以上の生産者と連携し、年間10〜15トンのソルガム生産体制を構築しています。グルテンフリー専門店「縁-enishi-」のオープンなど、事業はさらに広がっています。

インタビュー後編では、創業から5年が経つ現在や、今後の展望を聞きました。

<お話を聞いた人>
 AKEBONO株式会社 代表取締役 井上 格

栃木県出身。早稲田大学大学院卒業後、東京の商社に就職。2018年に長野市地域おこし協力隊として着任し、翌年から「ながのブランド郷土食」社会人スキルアップコース※1を履修し、そこでの学びを基にAKEBONO株式会社を設立。同社は信州大学発ベンチャーとして認定されており、ソルガム研究の第一人者である信州大学の天野良彦元学部長との連携のもと事業を展開している。

※1 信州大学大学院総合理工学研究科の個性・特色を生かしつつ、長野市と連携し、企業からは実務家講師を迎え、食品製造分野での技術革新を担う人材を創出し、地域経済の活性化と発展に貢献することを目的とする社会人向けプログラム

グルテンフリーを軸に、他社との関わりを増やして市場全体の底上げを目指す

――インタビュー前編では、創業までの経緯をお聞きしました。転機になったという6次産業化と店舗経営について詳しく教えて下さい。

「縁-enishi-」の人気商品、ソルガムを使用したグルテンフリーのドーナツ

はじめはソルガムの生産・販売を事業の軸に据えていましたが、「ただソルガムを素材として売り込むだけでは事業が広がらない」と感じ、2020年から自社での商品開発と店舗経営に向けて動き始めました。

コロナの関係でオープンまでは時間がかかりましたが、2023年にグルテンフリー食材を扱うアンテナショップ「縁-enishi-」を長野市内にオープンしました。実際に売り場を持ったことで、どんな人が買いに来るのかとか、どういう商品が売れるのかなど、リアルなニーズが見えてくるようになりました。

また、「縁-enishi-」では、自社製品だけでなくあらゆるグルテンフリー食材や商品を仕入れて販売しています。そうすることで、グルテンフリー食材を扱う同業他社との横のつながりや、協力体制ができてきたんです。

――協力体制というのは?

たとえば、「縁-enishi-」はソルガムを使ったパンの開発に力を入れているのですが、同じくグルテンフリー食材を使った焼き菓子などのお菓子を展開している企業から、OEMでの商品開発をお願いされることが増えました。逆に、うちでは出来ない商品開発をしている企業から商品を仕入れて販売をすることもあります。

現在は、今年オープンするイオンモール須坂での出店準備を進めています。そこでは、ソルガムを使用した自社商品に限らず全国各地のグルテンフリーの商品を仕入れて販売しようと思っていて。セレクトショップのような形ですね。グルテンフリー食品の開発に取り組む企業を競合他社として見るのではなく、一緒に協業できるようなお店になればいいなと思っているんです。

みんながみんな全く同じことやっていたら競合してしまうと思うんですが、グルテンフリーという文脈では一緒でも、例えばパンとお菓子では市場がちょっと違いますよね。それぞれの強みを生かして連携できれば、お互いに成長していくことができる。そういう広がりを今後も増やしていければいいなと思います。

事業成長の鍵は、ブレない軸と柔軟な方向転換

――創業から5年が経ちますが、事業を継続させていくために意識してきたことはありますか?

固定観念にとらわれず、ちょっとずつ修正していったり方向転換をしたりと、常にピボットし続けることを意識してきました。

「絶対にこれをやるんだ」という信念も大切ですが、いざやってみて「手応えがないな」と思ったら、ずっとそれをやり続けるよりも、ちょっと変えてみるとか、周りから言われたことを「そういう手もあるか、やってみよう」と柔軟にチャレンジしてみる。

僕の場合は、ソルガムが一つの軸としてあったので、「うまくいかないから、もうソルガムはやめる!」とはなりませんでした。でも、どう展開するかは生産と販売だけにこだわらなくなった。自分のなかの譲れないものは何なのかを見極めるバランスが大事だと思います。

――6字産業化と「縁-enishi-」のオープンもまさに柔軟な転換でしたね。

実は、当時は本当に行き詰まっていて。あの時「縁-enishi-」の営業を始めなかったら、今頃AKEBONOの事業自体がもう終わってしまっていたかもしれません。

あのまま「ソルガムを素材として売る」というところから脱却できずにいたら、きっと。セールストークを磨く、資料を充実させる、広告を打つなど「どうやったらみんな買ってくれるだろう?」という方向に突き詰めてしまっていたと思うんです。でも、それは事業展開ではなく単なる営業の仕方の話になってしまいますよね。

それでも突き詰めればブレイクスルーできたのかもしれません。でも、その方向性ではイオンにグルテンフリー食材のセレクトショップを持つなんて未来はきっとありませんでしたし、いまある関係性も築けなかった。

――AKEBONOの今後の展望を教えて下さい。

AKEBONOは創業5年以上が経ち、転換期を迎えています。「自分たちの事業を立ち上げよう」というフェーズから、「市場全体をもっと大きくしていこう」という目標が見えてきました。

グルテンフリーという大きな文脈さえ交わっていれば、いろんな企業さんやお店、プレーヤーの方々といろんな関わり方ができる。これからAKEBONOは、グルテンフリー業界全体を引っ張って底上げしていける存在になれたらいいなと強く思っています。「自分たちだけがうまくいけばいい」と考えるのではなく、グルテンフリー市場全体を大きくして、みんなでメリットを享受できることを目指していきたいなと。

今はさらなる事業成長のために、信州スタートアップステーションで資金調達の相談をしているところです。創業を考えている人や、創業直後の企業だけでなく、自分たちのように創業から数年が経って成長段階の企業へのサポート体制があるというのも長野のいいところだなと改めて感じています。

長野での起業を目指す後輩へメッセージ

――最後に、長野での創業を考えている人に向けたメッセージをお願いします。

これは私自身が会社員時代に言われたことなんですが……、一度「起業したい」と思ってしまうと、多分その気持ちはやってみるまで一生消えないと思うんです。思いは一生消えない。それなら、あなたはいつやるの?と。成功するにしても失敗するにしても、早い方がいい。そう言われて、自分は一歩踏み出すことができました。

そもそも経営者としての働き方が自分に合うか合わないかは実際にやってみないとわからないですし、どうしても時間が経てば経つほどリスクが増えてしまうと思うんですよ。結婚しました、子供できました、家を買います……、いろんな「失敗できない理由」がどんどん積み重なっていく。

であれば、やり直しが利く身軽なうちにやってみるというのは、合理的な考え方です。成功すれば早く成果を得られるし、そこからさらなる成長のために使う時間がいっぱいあると。失敗するにしても、早いうちに失敗しておくと、やり直しがききます。

僕は、20代のうちに一歩踏み出して、「長野で起業する」という夢を叶えられてよかったと思っています。今起業を悩んでいる人にも、「まず一歩踏み出してみて」とメッセージを贈りたいです。

株式会社AKEBONOのホームページ 

グルテンフリー専門のアンテナショップ「縁-enishi-」のホームページ