地域のつながりを次世代に引き継ぐために。4事業者による事業承継プレゼンテーション【後編】事業承継マッチングフォーラムレポート

2026年1月26日、信州スタートアップステーション長野拠点にて「長野県事業承継マッチングフォーラム」が開催されました。事業を始めたい人と継いでもらいたい人をつなぐこのイベントには、現地とオンラインあわせて多くの参加者が集まり、第一部では日本政策金融公庫と株式会社ライトライトによる講演とパネルディスカッション、第二部では地元4事業者による事業承継プレゼンテーションが行われました。
後編では、第二部として行われた地元4事業者による事業承継プレゼンテーションの内容をお届けします。それぞれに異なる背景と可能性を持つ3つの事業が、新たな担い手との出会いを求めて登壇しました。
<登壇者>
トレーラーハウスカフェ・シュクレ 佐藤恵子氏
【長和町】飲食店(カフェ)
健生庵 山愚 滝澤暁氏
【木曽平沢】飲食店(手打ち十割蕎麦)
能登屋鰹節店 石坂正志氏
【長野市】小売店(鰹節等のだし専門店)
おきな菓子舗・翁珈琲 生田淳一氏
【上田市】小売店(菓子等)、飲食店(カフェ)
味と想いを引き継ぐトレーラーハウスカフェ「シュクレ」

長和町役場から白川湖方面へ車で10分ほどの場所にある「シュクレ」は、2020年7月に開業したトレーラーハウス型カフェです。観光地的な好立地ではないものの、地元のお客さんを中心にリピーター、テイクアウト事業に支えられ、無理のない経営を続けています。
佐藤さんは、ブランシュ高山スキー場のレストランで長く働いており、そこで提供していたカレーが名物でした。そのカレーをオフシーズンでも食べたいという声が多かったこと、また、娘さんが長和町に戻ってきたことなど家族の生活環境の変化もあり、仕事と生活を両立できる形として、自宅の隣での開業を選択しました。店舗型ではなくトレーラーハウス型にしたのは、知人業者との繋がりがあり導入しやすかったことと、当初から移転も視野に入れていたためです。
開業から約5年半、コロナ禍を含む期間も乗り越えて営業を続けています。営業は春から秋が中心で年間180〜200日程度、ほぼワンオペに近い少人数運営で成り立つビジネスモデルです。
主力商品はスキー場時代からファンのいるカレーで、味、世界観、雰囲気が評価され、固定ファンがついていることが強みです。

事業承継を決断した背景は、佐藤さんの目や足などの不調によるものです。娘さんは別の業種で事業経営をされているため、家族内での承継の予定はなく、第三者承継を前提に検討されています。
トレーラーハウス型のため、将来的に場所を移して再開することも比較的現実的です。佐藤さんは、現在の場所での継続には必ずしもこだわっておらず、移転前提の承継が現実的と考えています。味、お店、思いを引き継いでほしいという気持ちはありますが、やり方、形、場所にはこだわらないという非常に柔軟な姿勢です。
トレーラーハウス本体、設備、レシピ、屋号などを含めた一体承継を想定しています。
佐藤氏「実績のある商品をすぐに提供が可能で、ゼロから創業するより初期投資を抑えられるというメリットがあると思います。トレーラーハウスという形態はライフスタイル型経営にも向いた案件です。立地のいいところでやっていただければかなり人気の出るお店になると思うので、ぜひご検討いただければありがたいです」
独自技術を持つ十割そば「健生庵 山愚」

「健生庵 山愚」は、野沢温泉村から少し山の方に入った場所にある蕎麦店です。お店の前は小川が流れており、夏でも涼しいエリアです。経営する滝沢氏は、30年前に前オーナーから店を購入し、大幅な改装を行いました。
この店の最大の特徴は、手切りの100%そば粉のそばを専門としていることです。滝沢氏によると、これは非常に高度な技術と知識が必要な技法で、通常のそば打ちとは全く異なる製法だといいます。県外から多くの客が訪れるファンが多い店で、リピーターも多いのが特徴です。
滝沢氏「普通のそば打ちをやっている方が私のそばみたいなものを作ろうと思っても、絶対できないわけです」
30年前にそば作りの研究グループを設立しましたが、その技術の難しさから全員が最終的に断念したといいます。独自の技術によって麺の形がしっかり保たれており、経験豊富なそば職人でも真似するのは困難とのことですが、滝沢氏は後継者に技術を伝える意欲があると語っています。
会場からの質問では、技術習得の期間について「手が動いて教えられるうちにやりたい」と答え、非常に高度な技術であることが改めて確認されました。
300年の伝統を持つだし専門店「能登屋鰹節店」

長野市の中央通り沿いにある能登屋鰹節店は、約300年前に創業し、約200年間続いている伝統的な鰹節店です。店主の石坂氏は10代目にあたります。
石坂氏「昭和時代から大体300年やってきています。私の祖父である8代目が現在の店舗を設立しました。この事業は300年の歴史があり、非常に希少性が高いため、ぜひ残していきたいと思っています」
店舗は鰹節と削り節、目節などを専門としており、小売と卸売の両方に対応しています。しかし、コロナ禍の影響やオリンピックに伴う交通整備後の観光客の動向変化など、さまざまな要因で卸売事業が減少しています。以前は卸売が売上の5割程度を占めていましたが、現在は減少傾向にあります。家族内での承継予定はなく、事業の希少性と歴史的価値から後継者を求めています。
石坂氏「事業承継の希望としては、強い営業力を持つ方か、ラーメン店が製麺所を持つように、製品を直接活用できるような事業を持つ経営者です。現在の事業規模だけでは課題があるため、鰹節製品を活用できる補完的な事業との拡大や統合が必要だと思います」
店舗がある中央通りの立地は観光客に非常にアクセスしやすく、特に善光寺御開帳などのイベントで訪問者数の増加が期待できる利点があります。最近はインバウンドの客も非常に多いです。
会場からは、仕入れ業者との関係継続の可否について質問があり、石坂氏は「サプライヤーとの関係は紹介可能で、これがないと事業は成り立ちません」と回答しました。また、顧客の要望に応じたオリジナルの出汁を作ることも可能だと説明しました。
温泉地の再生と新しい湯治文化の創造「おきな菓子舗」

最後に登壇したのは、上田市鹿教湯温泉で温泉まんじゅうを製造・販売する土産物店「おきな菓子舗」、コーヒー店「翁珈琲」を経営する生田淳一氏です。生田氏は、事業承継だけでなく、地域全体を活性化させる「しあわせ温泉 文珠テラスプロジェクト」というビジョンを提示しました。
鹿教湯温泉は、1956年に国民保養温泉地に指定された歴史ある温泉地です。観光温泉と湯治温泉では役割が大きく異なります。湯治温泉は病気や怪我を癒やすというイメージがありますが、生田氏は本来の湯治の本質について説明しました。
生田氏「本来の湯治の本質とは、本当の自分に戻る場所だということです。何週間、何ヶ月滞在する中で、社会を離れて、そういった時間を持つ。病気を治して、何がしたいんだということを考える。それが全国にある湯治場の本質的な役割だったと私は考えます」
しかし、団体旅行などが主流になり、方向性が変わってきました。それによって、地域の事業者は非常に厳しい状況に置かれています。地域として事業を継続させたいという問題意識から、今回のプロジェクトが生まれました。

プロジェクトでは、生田氏の所有する店舗をひとつの起点に、さまざまな事業者と共創し、地域の活性化を目指します。
まずは最初のステップとして、町の中心にある、生田氏の店舗の隣にある20席程度の元カレー屋の店舗や、温泉の源泉を有する土地の継承先を探しており、飲食店や民泊事業者との協働を期待しています。
鹿教湯温泉には複数の源泉があり、全部の源泉に引湯しています。低い温度の源泉もあるため、加温せずに使える温泉もあります。この立地は源泉に一番近く、一番新鮮で、なおかつ事業がやりやすい場所です。
生田氏自身も後継者がいない状態で、地域で事業承継を希望しています。事業者がどんどん減っていく地域の現状に対し、温泉を残したい、この温泉を活用して自然も活用して、楽しい場所、幸せの場所、本当の自分に戻る場所としての役割を提供できるような環境を作りたいという強い思いがあります。
多様な事業承継の形――それぞれの未来へ
4つの事業プレゼンテーションは、事業承継の多様性を示すものとなりました。
それぞれに異なる魅力と課題がありますが、共通しているのは、事業者が長年培ってきた技術や思い、地域とのつながりを次世代に引き継ぎたいという強い願いです。
前編でも語られたように、事業承継は個人の問題ではなく、地域全体の課題です。この日登壇した4つの事業が新たな担い手と出会い、それぞれの形で未来へとつながっていくことを期待しています。