長野だからできるアート体験を、地域と共に。「SAKE ART」が描く新しい観光コンテンツの形【前編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や本音を掘り下げます。
「まずは小さく始めてみることをおすすめします。移住だって引っ越しの延長線上ですし、事業も最初から大きく構える必要はなくて、少ないお金からできることがたくさんあります。池に石を投げたら波紋が広がるように、やってみることで自然と広がっていくイメージです」
そう語るのは、長野市を拠点に、お酒を飲みながら絵を描くアート体験「SAKE ART」を展開する株式会社ARTLIER代表取締役の目黒健太郎(めぐろ けんたろう)さん。神奈川県出身の目黒さんは、都内の総合リース・金融機関に11年間勤務した後、フルリモートのベンチャーへ転職。長野市の起業支援プログラム「NAGA KNOCK!(ナガノック)」への参加を機に、2022年に夫婦で長野市へ移住しました。
前職のアメリカ駐在中に出会った「ペイント&シップ」を日本の地方から広めたいという思いを胸に、2024年6月にSAKE ARTをスタート。以来1年半で延べ500人を超える参加者を集め、2025年12月に法人を設立しました。
インタビュー前編では、SAKE ARTという事業の魅力と、目黒さんが長野で創業を決意するまでの道のりを聞きました。
<お話を聞いた人> 株式会社ARTLIER 代表取締役 目黒健太郎(めぐろ けんたろう)さん
1988年、神奈川県生まれ。新卒で総合リース会社に入社し、11年間にわたり医療機関の開業支援や国内外のスタートアップ投資に従事。その後、専門人材データベース企業に転職し、フルリモート体制で全国の自治体と連携した地域企業への人材マッチング事業を推進。
2022年4月、「NAGA KNOCK!」への参加を機に長野市へ夫婦で移住。移住直後より長野市の起業コミュニティの立ち上げ・企画運営に携わり、現在も地域の挑戦者を支える場づくりを継続中。
2024年6月には、自身の「やってみたい」を形にした、お酒を飲みながら名画が描けるアートスタジオ「SAKE ART」を開始。2025年12月に法人を設立。お酒とアートを通じて、誰もが素顔に戻れる「大人の遊び場」を創出。酒蔵やブルワリー、ワイナリーなど地域の作り手との連携を通じて、長野ならではの新しい観光コンテンツの開発にも取り組んでいる。
SAKE ART 公式サイト:https://sakeartlab.com/
お酒を片手に、誰もが楽しめるアート体験「SAKE ART」

――まずは「SAKE ART」の事業内容を教えてください。
一言で言うと、お酒を飲みながら絵を描くアート体験を提供しています。元々は、アメリカ発祥の”ペイント&シップ”と呼ばれるアクティビティで、今やアメリカ全土で1,700施設以上が展開する大きなマーケットになっています。オーストラリアやイギリスなど世界中に広がっていて、若者を中心に人気のエンターテインメントです。
「SAKE ART」では、インストラクターがその場でみなさんと一緒に描きながら、描き方のポイントを教えていくので、初心者でも約2時間で作品が完成できます。お一人での参加はもちろん、友人やグループでわいわい楽しめる点が特徴で、技術の向上を目指す絵画教室ではなく、『自分にも描けた!』という自己肯定感を得られる交流の場を意識しています。
――どんな方が参加されていますか

友人同士やカップル、職場の仲間でいらっしゃる方が多いですね。2024年の立ち上げから、2026年の5月時点で参加者は延べ530人を超えました。
現在は月4回程度のペースで企画する定期イベントに加えて、企業の懇親会や福利厚生の一環としてプライベートイベントを行うこともあります。最近では長野県内の酒蔵様と連携し、酒蔵の中で日本酒を飲みながら北斎を描く会を実施しました。
また、長野市街地を一望できる農園をお持ちのブルーワリーさんや、ワイナリーさんでの屋外アートイベントなど、海外ではメジャーな「ペイント&シップ@ビンヤード」というワイナリーで行うイベントを国内でもいち早く取り入れて観光コンテンツとしてのアップデートを狙っております。こうした地域の特色を生かすため、近隣事業者の皆様との連携を通じたペイント&シップのイベントを実施しております。
――「SAKE ART」はリピーターの多さが特徴だと伺いましたが、参加者の方からの反応はいかがですか?

地域の方から「こんな新しい遊びを長野に持ってきてくれた」「ハマれる趣味ができた」と言っていただくのは本当にうれしいですね。Googleの口コミにも「安心して2時間過ごせた」「自分で描いたとは思えない出来栄えになった」という声が多くて。
参加者の方は、「絵を描く」と言うことに対して「自分なんかが描けるわけない」というマイナスからスタートする方がほとんどです。「SAKE ART」を通して、そのマイナスをゼロに、そしてプラスに変えられたという手応えを感じています。そのマイナスをプラスに変えられたとき、今まで蓋をしていた創作欲が開くんだと思います
実際に、「SAKE ART」に参加したことをきっかけに絵画教室へ通い始める方や、自分で画材を買い始める方もいるんですよ。SAKE ARTが入り口になって、その人の新しい挑戦や、アートの世界とのつながりが広がっていったらうれしいなと思っています。
大企業の会社員から、フルリモートのベンチャーへ

――目黒さんは、関東でリース・金融機関に長く勤めていたそうですね。長野で「SAKE ART」を始めるまでにはどんな経緯が?
前職では、クリニックの開業支援やスタートアップ投資、半導体融資などを担当していました。アメリカ駐在も経験し、やりがいは感じていましたが、大きな組織ゆえに会社が向かう方向と自分のやりたいことが完全に重なるわけではない部分もあって。
また、コロナ禍の影響も大きかったです。コロナ禍でリモート出勤になったところから、ロックダウンが明けたらまた週5で出社になって。この行き来がすごくストレスでした。節々に感じるズレが積み重なって、「組織に依存しない仕事を持っていた方が自分らしく生きられるんじゃないか」と考えるようになりました。
それならば、自分が好きな場所で働ける仕事に移ろうと思い、まずはフルリモートのスタートアップに転職しました。通勤時間がなくなった分、いろんな試行錯誤ができるようになったんです。理想の働き方に近づいた最初のステップでしたね。
――働く場所を選ばないフルリモート勤務になったところから、長野に移住を決めたのはどんな理由が?
満員電車にもう乗りたくなくて(笑)。人口密度が低く、新幹線で都心まで1時間以内の場所を探していたら、たまたま長野県の「NAGA KNOCK!(ナガノック)」※1という副業プログラムを見つけたんです。本業を続けながら現地に通えて、住まいも見つかるかもしれないという点に魅力を感じて申し込みました。
そのプログラムで提案した、起業コミュニティをつくる事業が「NAGA KNOCK!」後も継続することになり、そのタイミングで移住を決めました。
――首都圏から移住するにあたって、心理的なハードルはありませんでしたか?
妻も個人事業主的な働き方をしていて、ネット環境があればどこでも働けたので、首都圏を離れたい気持ちは二人ともずっとありました。当時は埼玉と東京の境界あたりに住んでいて、人口が多い地域だったのでもう少しゆとりのある地域がいいねという話はずっとしていたんです。
もともと首都圏を離れたい欲求は強かったので、あとは移住先の地域に友達や知り合いがいればいいというのが一番大きなポイントでした。まずは私が「NAGA KNOCK!」をきっかけに長野に通うようになり、顔見知りや友人が増えてきたタイミングで妻を長野に呼んで一緒にみんなで食事をする機会を作りました。それによって、「誰も知り合いがいないわけじゃない」という安心感をつくってから移住を決めました。
※1 NAGA KNOCK!・・・長野市内の経営者と一緒に社会課題を解決する新規事業を起こす、9カ月間の実践型プログラム
「まずやってみよう」から生まれた、SAKE ARTの第一歩
――いきなり移住するのではなく、まず通って関係性をつくるステップを踏むというのは大切ですね。移住後は、どのような流れで「SAKE ART」の立ち上げに至ったのでしょうか。

ちょうど移住した頃、自分の中で「35歳までに何もしなかったら多分何もやらないな」という焦りがあって。フリーランスになって時間の余裕も出てきたことや、長野に移住して暮らしにゆとりができたことで、自分の事業とちゃんと向き合おうと思うようになりました。
では何をするかとなったときに、何より自分が「楽しい!」と思えるものをやった方が人に伝わるだろうと考え、アメリカ駐在中に夫婦で体験した“ペイント&シップ”のイベントを思い出したんです。初心者でも楽しくアートに触れられて、費用対効果も高く、自分たちも夢中になれた。そこで、まずは妻にアイデアを伝え、長野で知り合ったいろいろな方の力をお借りしながら小さなイベントから二人で初めてみました。
――最初のイベントはどんな規模で始めたのですか?
シェアスペースを借りて、お酒を準備し、画材は百均で調達しました。外部の方にインストラクターをお願いしても、10万円以下で始められました。
――夫婦での起業ということで、役割分担はどのようにされていますか?

「二人で同じことをやらない」というのが唯一のルールです。私が対外交渉とSNS発信、妻がテーマ開発とインストラクターを担当しています。
事業が広がるにつれて、地域のアーティストの方がインストラクターとして加わってくださるようになり、妻の役割はインストラクター自身から、インストラクターを育てる側へと広がってきています。お互いの得意不得意を分かっているからこそ、ちゃんと線引きして独立して動いています。
インタビュー後編では、長野の酒蔵や美術館とのコラボレーションや、県内各地への展開、今後の構想について聞きました。
株式会社ARTLIERのホームページ