投資による伴走支援とは? 社会課題の解決に取り組む起業家を応援する「信州スタートアップ・承継支援ファンド」<後編>
長野県内での次世代新規産業の創業、及び事業継承支援のために令和3年に設立された「信州スタートアップ・承継支援ファンド」(以下、信州SSファンド)。創業初期段階の資金配給と、目標達成に向けた伴走支援を行っています。
ファンドを運営しているのは、これまで数多くの地方創生ファンドを運営してきた株式会社フューチャーベンチャーキャピタルです。
インタビュー後編では、東日本投資部 次長として、信州SSファンドで伴走支援を行っている石坂 颯都(いしざかりゅうと)さんに、投資による支援とはどういうことか、どんな事業が投資対象になるのか、長野県の創業の傾向などを聞きました。
<お話を聞いた人>
株式会社フューチャーベンチャーキャピタル
東日本投資部 次長 インベストメントオフィサー 石坂 颯都(いしざかりゅうと)さん
外資系生命保険会社を経て入社。地域活性化や社会課題の解決に取組む起業家を応援したい思いで業務に従事している。案件発掘から投資育成、ファンド組成まで幅広く経験。複数EXIT実績あり。自治体アクセラプログラム審査員等も担う。
地域の課題をビジネスの力で解決する
――インタビュー前編では、投資を受けるには「新規性」が大事だとお話をいただきましたが、これまで「信州SSファンド」で投資を行ってきた事業にはどんなケースがありますか?
たとえば、長野県小諸市に本社を置くMYCL Japan株式会社(以下、MYCL Japan)は、キノコの菌糸体を培養して生産される植物由来成分100%の新素材「マッシュルームレザーMYCL」の開発・製造に挑む信州発のスタートアップ企業です。
――キノコを活用して革風の素材に! 面白い取り組みですね。
長野県はキノコの生産量日本一ですが、年々生産者が減少しているという課題があります。MYCL Japanは、食用以外で新素材としてのキノコの新たな製品価値を生み出し、新たな信州の特産品を作りたいという思いで事業に取り組んでいます。さらに、代表的な製品であるマッシュルームレザーMYCL は、動物性原料を使用せず、プラスチック樹脂や化学物質の使用も大幅に抑えています。
「信州の名産であるキノコを活用する」というご当地性があり、なおかつ動物愛護の観点でも環境面でも社会課題の解決につながる新しいビジネスモデルだったので、伴走支援をする私たちも事業計画を聞いていてわくわくしましたね。MYCL Japanは、「信州アクセラレーションプログラム」※1にも採択されています。
――地域の課題解決が、さらに世界規模のビジネスモデルになっていく。ほかにも、石坂さんの印象に残っている事例があれば教えてください。
ほかにも、松本市に本社を置く株式会社XAXA(以下、XAXA)は、ペットの暮らしの質を高めるために商品開発と販売を行うベンチャー企業です。MYCL Japan同様に、「信州アクセラレーションプログラム」※1に採択されています。
――ペットフードというと既に世の中にあるビジネスモデルに思えますが、どんなところに新規性があったのですか?
XAXAの魅力は、サービスのスマートニッチさにあります。XAXAのペットフードは、新鮮な食材を新鮮なまま食べられる新感覚で栄養満点なローフードとフレッシュフードです。一食1000円〜という高価格帯の高級ペットフードなんです。
第一弾プロダクトとして、日本の生食文化で培った技術と新鮮な食材を活かし、世界に誇れる高品質な犬や猫向けの食事「XAXA PREMIUM PET FOOD」を開発しており、ペットの健康だけでなく、フードの美味しさも追求し、ペットのQOL向上を目指しています。
――なるほど、これまでにない新たなビジネスモデルですね。
ここ数年、コロナ禍でおうち時間が増えたことにより、ペットを家族の一員としてより大切に扱う傾向が高まりましたよね。そこで、XAXAは「大切なペットのためなら一食1000円でも安いくらい」というお客様を狙った大胆なデザインやPRのプランニングを行うことで、世界展開を狙っています。
※1「信州アクセラレーションプログラム」とは……信州スタートアップステーションが取り組む、創業後間もない企業に対する短期間の集中的伴走支援プログラム。
地域活性化や社会課題の解決に取り組む起業家を応援したい
――先ほどのマッシュルームレザーのケースといい、新しいビジネスが世の中に出ていくのを支援するのはワクワクしそうですね。なにより、お話されている石坂さんが楽しそうです。
ありがとうございます。起業家の皆さんがどう思っているかはわかりませんが、個人的にはこの仕事はとても自分に合ってるなと感じています。
――伴走支援をする側の石坂さんご自身についてもお聞きしたいです。石坂さんは、どういった経緯でFVCで働き始めたのですか?
私は神奈川県の横須賀で育ったのですが、横須賀はいわゆる田舎町なんです。同級生を見ていても、みんな東京に出てしまう。自分の地元が寂れてしまうことに対して、モヤモヤを抱えている部分がありました。
自分も進学のために一度地元を離れたのですが、大学生の頃に東日本大震災が起きました。東北に何度もボランティアに通ううちに、地方活性化に興味を持つようになったんです。
――地元への思いや、学生時代の経験が今につながっているのですね。
大学卒業後、大学院で地方活性化について学び、その後保険会社に入社して経営者向けの保険の販売を行っていました。ですが、保険というのはあくまで「何かがあったときのお守り」なので、もっと前向きに、新しいことに取り組む人たちを応援したいという思いが大きくなってきて。
転職を考えていた中でたまたまFVCに出会い、投資を通じて地方のベンチャーを支援するという経営理念に共感し、縁あって働き始めました。仕事内容ももちろんですが、学生時代から、僕は自分が前に出るというよりは人の成功を支援する方が好きだなと感じていたので、この仕事はまさに天職だなと思っています。
――サポート役の方が向いていると。
大学1年生の頃からずっと塾の先生のアルバイトをしていたんですが、当時から、人が成功したり、目標を達成することを応援したりサポートすることが好きで。塾の先生と投資会社ではやることは異なりますが、チャレンジや夢を応援するという点では共通するものがあるのかなと。
入社して以降、投資担当という形でさまざまな地域の企業さんとお会いして投資による支援を行ったり、信州SSファンドの設立に携わったりと、長年自分がやってみたいと感じていたことを実現できています。
創業の鍵は「思いの強さ」と「解決したい課題の根深さ」
――これまで数多くの起業家の支援に関わってきた中で、石坂さんは創業を目指す方のどこを見ていますか?
事業の内容やアイディアはもちろんですが、やはり一番大切なのはその人自身ですね。そもそも、投資の対象となる方はまだ過去の実績や決算書がなにもない状態です。ですから、「思い」の部分をよく見るようにしています。
――「思い」ですか。
はい。「なぜそのビジネスをやりたいのか」の根っこの部分ですね。起業をするということは、リスクを負って、数々のハードルを超えていく必要があります。起業をしてから、なかなか事業が軌道にのらないことや、事業の方向性や戦略を変える必要性が生まれることはざらにあります。そんな時に、へこたれずにしっかりと次に進める人であるかが重要ですね。
それから、その人が事業を通じて解決しようとしている課題の広さ、根深さも見るようにしています。
――「課題の広さと根深さ」というのは?
何かに困ってる人が多ければ多いほど、潜在顧客がいることになるので、事業は大きく成長します。また、市場としては大きくなくても、根深い課題があれば、その課題を解決することによって助かる人が出てくる。
長野県をはじめ、地方では後者のようなローカルベンチャーやスマートニッチ型のビジネスの方が多い傾向にあるため、信州SSファンドでは課題の広さだけで投資の可否を判断するのではなく、深さを見るようにしています。
――創業する人が増えれば増えるほど、困っている人が助かるという側面がある。信州SSファンドは、その手助けをしているのですね。最後に、今まさに創業を考えている方に向けたメッセージをお願いします。
とにかく、まずは相談していただきたい。その一言に尽きます。創業支援をしていると、かなり形になってからアイディアを出したがる方が多いんです。実際に投資による支援が行えるのは、ある程度ビジネスが形になってからなのですが、もっと前の段階からまずは気軽にお話を聞かせていただきたいです。
起業や創業に答えが結びつかなくても、誰しも「自己実現でこういうことをしたい」、「生活をしていく中で不便さを感じている」、「世の中がもっとこうなったらいいな」という思いを持っているのではないでしょうか。その段階からお話を聞かせていただいて、じっくり関係性を築いていくことで、最終的に投資につながることもあります。
会社としても、私個人としても、長野県ならではのアイディアがどんどん形になって世に出ていくことを応援し続けたいと思っています。