「直して使う」を新たな常識に。長野発のスタートアップ「ナガク」が目指す世界【前編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。
「作りたいプロダクトやサービスを思いついた場合、一人でやれることであれば、自分の貯金を使って小さく始めればいいわけです。しかし、サービスをより早く世の中に広めるためには当然チームでやる必要が出てきますし、それだけの資金も必要になります。自分たちの目指す世界を実現するためには、スタートアップという形で先行投資※1をして、まずはサービスを急激に成長させていく必要があったんです」
そう語るのは、自身にとって三社目のスタートアップとなるナガク株式会社を長野県で立ち上げたカズワタベさん。2025年2月にリリースされた新サービス「ナガク」は、あらゆる物をリペア・リメイクするためのオンライン上のプラットフォームです。
インタビュー前編では、リペア・リメイクを軸としたビジネスの着想を得たきっかけや、三度目の創業に対する意識についてお聞きしました。
<お話を聞いた人>
代表取締役CEO カズワタベ(渡部一紀)さん
音楽大学卒業後、2010年にクリエイターの収益化プラットフォームサービスを開発するGrow株式会社を共同創業。2014年に釣り人向けコミュニティサービスなどを開発するウミーベ株式会社を創業し、2018年にクックパッド株式会社に買収され同社に参画。2020年より国内執行役員。2023年に独立し、ナガク株式会社を創業。
誰もが自然とリペア・リメイクを選ぶ世の中に

――まずは、ナガク株式会社の事業概要について教えてください。
ナガク株式会社は、長野市で2024年の8月に創業した、モノが長く使われる社会の実現を目指すスタートアップ企業です。創業後、メンバー集めや開発を進め、2025年2月20日にリペア・リメイクの事例やプロを探し、オンラインで相談・依頼ができるプラットフォームサービスの「ナガク」をリリースしました。
すでに家具、器(金継ぎ)、ジュエリー、スニーカー、革製品、衣類など幅広いカテゴリのプロが登録していて、依頼の受け付けを開始しています。プラットフォーム上で紹介されている事例には、リペア前後の写真に加えて、費用や制作期間も掲載されているため、詳細な情報から依頼を検討することが可能です。
また、そういった文化の啓蒙を目的に、モノを長く使うカルチャーを発信するウェブマガジン「NAGAKU Magazine」も運営しています。
――修理やリペアに着目したのはどうしてですか?
2021年頃から、友人と一緒にDIYで古民家をリノベーションするプロジェクトを始めたことが大きなきっかけです。シンプルに「何かを直すって面白いな」と感じましたし、世の中に「古いものを直す」という選択肢を増やすことは、ビジネスにも繋がりそうだという感覚がありました。


壊れて使えなくなったり、トレンドが変わったりして古臭くなってしまったものでも、リペアやリメイクをすれば新品で買うよりも安く高品質になる場合があります。それなのに、直すための手段が手軽に見つからないことから、まだまだ長く使うことができるものが捨てられてしまっているのはもったいないなと。
自分はもともと音楽をやっていて楽器に触れていたので、ヴィンテージのように古いものの価値が高いという価値観が身近だったことも大きかったかもしれません。
――古いものの価値と可能性を改めて見つめなおしたと。
これからの時代、原材料調達や製造コストの関係で、ますます新品の価格が高騰し、昔のようにいい材料を使うことは難しくなっていきます。そうすると、人々がもっと「モノを長く使う」ように変化せざるを得ないと思うんです。
その中で、ものを直すことの価値は高まっていくはずですが、「誰が」「何を」「どのように」「どのくらいの費用・期間で」直せるのかという情報が網羅されたプラットフォームサービスが存在していない。なので、それを作ろうと思ったんです。
――たしかに、何かを修理したいと思ってもどこに相談したらいいかわからず結局捨ててしまうという経験は身に覚えがあります。

これだけインターネットが普及して、いろんなジャンルのサービスが出てきた現代でも、そういったサービスがないのは不思議なくらいですよね。
ナガクはまだまだ始まったばかりのサービスですが、飲食店を探すなら「食べログ」、宿泊なら「Airbnb」、ものを売買するなら「メルカリ」のように、「ものを直すならナガク」と真っ先に想起されるようなサービスに育てていきたいです。
新しく買うより、良いものを長く使う方が得だし、体験としても優れているからリペアをする。そうやって誰もが自然とリペアを選ぶような仕組みをつくることを目指しています。
東京、福岡を経て、幼少期を過ごした長野での創業へ

――一社目を東京で創業されたカズさんが、地方に目を向けるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
当時、自分は18歳で東京に出て以来ずっと東京に住んでいました。ただ、東京という都市は、世界でも特殊な存在なんですよね。たとえば、新宿駅の乗降者数は世界一で、駅の乗降者数ランキングのトップ10はほぼ日本の駅が占めていますし、都市圏の人口は世界一です。それほど特異な環境にもかかわらず、住んでいるとそれを「普通」だと感じてしまう。
それに気づいたとき、「東京しか知らないのは嫌だなあ」と思ったんです。そこで、2013年に福岡へ移住し、新たな事業を立ち上げました。そこで福岡を選んだのは、単純に福岡のまちが気に入ったからですが、東京に住んでいては見つけづらい課題を解決したいとも考えていました。
福岡で起業したときは、半年ほどで福岡にあるだいたいのメディアに取り上げられたんです。地方発のスタートアップはまだまだ希少性がありましたね。

――今回、創業にあたって本拠地に長野を選んだのはどうしてですか?
自分はもともと転勤族の家庭で育ち、松本で生まれたあと、幼少期の3年半ほどを長野市で過ごしており、長野にはなじみがありました。福岡に住んでいた頃に東京で出会った友人が、長野で自分のお店を開いたと聞いて久しぶりに長野を訪れたんです。
お店の周りを案内される中で、どこか懐かしい雰囲気を感じて、Googleマップで調べたら「ここ、通学路だった!」と気がついて。当時の長野は、門前エリアのリノベーションが進み、おしゃれなお店が増えていて、自分の幼少期の頃とは大きく変わっていました。新幹線も開通していて東京へのアクセスも良かったですし、「ここなら住めるな」と直感的に思ったんです。
そこで知り合った友人から、親戚の古民家が空き家になっているという話を聞き、月に数回長野に通って古民家のリノベーションを始めました。
――ナガクのサービスを着想するきっかけとなったプロジェクトですね。

決定打になったのはコロナですね。出社頻度が大幅に減り、東京にいる理由がほとんどなくなったんです。もともと東京にずっと住むつもりはなかったし、過去には福岡に移住して会社を立ち上げた経験もあります。「またどこかに移るだろうな」と漠然と考えていた中で、長野という選択肢が自然と浮上しました。何度も足を運ぶうちに、長野に知り合いが増え、街の雰囲気やコミュニティにも馴染んできたのも大きかったですね。
しばらくはリモート勤務をしつつ週に一度出社をする生活を続けましたが、前職を退職するタイミングでかねてからアイデアを温めていたナガクのサービスを形にすることを選びました。
ナガクの本社は長野にありますが、長野にいるのはCEOである自分だけで、フルリモートで開発しています。その上で事業はできるだけ早く、大きくしていこうと考えています。インターネット企業だからこその事業運営をしていきたいですね。
ミュージシャンから連続起業家へ

――カズさんはこれまで三社のスタートアップを立ち上げていますが、一社目を立ち上げた頃から起業に対する抵抗はなかったのでしょうか?
自分はもともと音大出身で、大学卒業後はミュージシャンとして活動していました。ですから、ほかの人よりも起業に対するハードルは低かったと思います。
――と、いうと?
バンド活動というのは、自分で事業を運営するのと同じなんですよ。自分たちの曲を作って、ライブの日程を組んで、PRをして、お客さんを集め、CDやグッズを作って売る。すべて自分たちでやる必要がありますし、どうやったら利益を出せるかを考えながら、お金の管理をしないといけない。学生の頃からそういう経験を積んでいましたし、一般的な社会人のようにせっかく入社した会社を辞めるということもなかったので、「事業を始める」ということに対する心理的な壁はなかったですね。
――なるほど。音楽活動での経験がそのまま創業につながったと。
バンドを解散するタイミングで、このまま音楽を続けるのか、何か別のビジネスを始めてみるかを考えました。その頃、Twitterで仲良くなった人たちと構想を練っていたプロジェクトがあったので、「これで起業してみよう」と決めたのが一社目です。
当時の東京を中心としたインターネット業界は、同様に起業する同世代が多い環境だったこともあり、「とりあえずやってみよう」と思えたことも大きいと思います。当時はまだ「スタートアップ」という言葉が今ほど一般的ではなかったですね。
――実際に自分で創業してみた体感はいかがでしたか?

よく「スタートアップは崖から落ちながら飛行機を組み立てるようなもの」と言われますが、本当にその通りだと思います。当然、最初からすべてが計画通りに進むわけではなく、むしろ想定外のことが次々と起こるのが普通です。一つの会社を立ち上げたら「もうやりたくない」という創業者も多い。
ですが、自分は今でも起業に対してそんなにネガティブな気持ちはないんですよ。二回目に起業した会社がクックパッドに買収されて、後々執行役員になったときも「また起業するんだろうな」と自然に思っていました。
――それはどんな感覚なのでしょうか。
自分にとって、起業は特別なことではなく、新しいことを始める手段の一つなんです。もちろん大変なことも多いですが、それ以上に「起業してでもやりたいことがあるなら、やるしかない」という気持ちが強いんです。
作りたいプロダクトやサービスを思いついた場合、一人でやれることであれば、自分の貯金を使って小さく始めればいいわけです。しかし、今回は「世の中の物の直される総量」を最大化するという目標があり、サービスを世の中に広める必要があります。そうすると、当然チームでやる必要が出てきますし、それだけの資金も必要になります。
ナガクの場合、自分たちの目指す世界を実現するためには、スタートアップという形で先行投資※1をして、まずはサービスを急激に成長させていく必要があったんです。
※1 ナガク株式会社は約1.4億円の資金調達を行っており、投資企業の中には、長野の創業及び事業承継を支援する信州SSファンドも含まれています。
インタビュー後編では、地方でスタートアップに挑戦する理由や、インターネットの世界に触れた原体験、今後の展望についてお聞きしました。
ナガクのホームページ
カズワタベさんのホームページ