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事業の成長が子どもの未来に繋がると信じて。創業、移住、出産。挑戦を支えてくれた信濃町の余白【前編】先輩起業家インタビュー
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事業の成長が子どもの未来に繋がると信じて。創業、移住、出産。挑戦を支えてくれた信濃町の余白【前編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。

「創業直後に思い切って東京から信濃町に移住したのは正解だったと思っています。起業をすると仕事とプライベートの境界がほぼなくなるので、夫婦関係や子育てがうまくいかないと事業もうまく回らなくなると思うんです。家族がいかに良い環境でストレスフリーでいられるかをベースに考えていけば、きっと事業もうまくいく」

そう語るのは、学校教員向けの英語学習ツール「TypeGO」を立ち上げた青波美智(あおなみ・みさと)さん。自身も元英語教員であり、米国カリフォルニアをはじめ海外で移民や現地の子どもたちに英語を教えた経験から、英語教員の負担と子どもの学びのハードルを下げることを目標に、楽しみながら英語学習に取り組めるシステムの開発・普及に取り組んでいます。

創業と同時に妊娠が発覚し、子育て環境を重視して東京から夫の地元である長野県信濃町に移住した青波さん。創業・移住・出産の3つを同時並行しながら、着実に事業を形にしていきました。現在はさらに家族が増え、事業も転換期を迎えています。

インタビュー前編では、自分自身の経験から生まれた事業の構想や、長野に移住してからのアクションをお聞きしました。

<お話を聞いた人>
 株式会社Swell代表取締役 青波美智

1992年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部卒。TESOL※、中学高校教諭一種免許状(英語)保持。米国カリフォルニアでメキシコ人移民に英語を教えた後、国連女性機関(UN Women)東ティモール、UNESCO-UNEVOCドイツで広報に従事。米系リサーチ会社Guidepointのシンガポール支部でリサーチャーを務め、2022年に株式会社Swellを創業。

※TESOL Certificate 英語教授法のプログラム

英語教員の負担と、子どもの学びのハードルを下げる英語学習ツールを開発

――まずは、「TypeGO」がどんなサービスか教えて下さい。

「TypeGO」は、英語教員向けに特化した”英語×タイピング”の学習ツールです。視覚・聴覚・触覚を刺激しながら、ゲーム感覚で英単語や英文をタイピングしていく仕組みになっています。

現在は全国約160校、16,000人以上の方に使っていただいていて、ユーザーの9割以上が公立の小中学校の英語教員です。学習指導要領の理念・方向性を踏まえて語彙や文章を設計しているので、先生方にとって導入しやすい設計にしています。

特徴的なのは、導入の多くが口コミによるものだということです。2024年秋にたった12人の先生と約500人の児童生徒から始まったβ版が、その後口コミだけで全国に広がって、2025年4月には100校・12,000人に到達しました。5月20日の正式リニューアル後は、わずか1か月で導入校数が40%増、ユーザー数も約17%増となっています。

――事業のアイデアはどこから生まれたのでしょうか。

大学在学中、アメリカでTESOL Certificateを取得し、メキシコからのヒスパニック系移民に英語を教えていた青波さん

一番の理由は、私が語学が好きで、言葉が好きだからです。

これまでアメリカ、シンガポール、ドイツ、東ティモールで暮らしたことがあり、そのほかにも何十カ国以上の国を旅をしてきました。これまで暮らしてきた国では、現地で雇用され、その国の言葉を話してお給料をもらい、人脈を築いてきました。その中で、だんだん言語を習得するコツがだんだん分かってきたんです。自分自身、英語教育の現場に携わってきた経験もあり、これを日本の学校現場に落とし込めたらいいなと思い「TypeGO」の構想が生まれました。

――今まで積み重ねてきた経験が形になったのですね。

大学卒業後は、米系リサーチ企業のシンガポールHQで現地就職。世界各国から集まった同僚達と働いてきた

今はAIの時代と言われていますし、通訳・翻訳ツールも発展しています。「わざわざ言語を学ばなくてもいいんじゃないか」という声もありますが、私はやっぱり言葉の持つ力は大きいと思っています。

シンガポールで働いていた時は、ベトナム、韓国、インドネシアなどいろんな国から人が集まっており、みんな共通言語である英語でコミュニケーションを取っていました。でも、例えばインドネシア人の同僚には“Apa kabar?(調子はどう?)”とほんのちょっとでも相手の言語を使って話しかけると一気に仲良くなれたんです。そうすると、日々のコミュニケーションがうまくいって、結果として仕事もうまくいく。

AIがどれだけ発達しても、相手の文化や言葉に寄り添うということは絶対になくならないし、なくなって欲しくないと思っています。なにより自分自身が、海外に行くことや何かに挑戦すること、言語を通じて新しい価値観に触れることが大好きなので、そんな挑戦を後押しするサービスが作りたいという思いがありました。

創業と同時に妊娠が発覚するも、「明日生まれるわけじゃない!」と走り続けた

――「創業する」という選択肢は、青波さんにとって身近なものだったのでしょうか。

2022年4月、アメリカ・カリフォルニアへ

「TypeGO」の構想が生まれた頃は、東京のマーケティング会社に勤めていたので、まずは社内の新規事業として立ち上げられないか上司に相談しました。「自社事業としては難しい」という反応だったため、それならば独立して自分でやろうと会社を立ち上げた形です。

もともと私は旅が好きだったので、語学に関する事業を立ち上げれば、海外旅行がすべて経費になるし、仕事につながるなと。今までもそんな生き方をしてきましたし、これからもそんな生き方をし続けたかった。いずれ子どもが欲しいと思っていたので、自由に働ける起業家という働き方は自分に合っているなと思っていました。

――創業とほぼ同時に妊娠が発覚し、長野に移住したと伺いました。

信濃町の雄大な景色。青波さんは、現在は第二子に養子を迎え、第三子を出産し3児を育てている

はい。当時はまだ東京で暮らしていて、台東区で登記が完了して2週間後、「さあ、ここからだ」という矢先に妊娠5ヶ月が発覚しました。「初創業・プロダクトなし・チームなし・キャッシュなし」の状態で、代表取締役(妊婦)という肩書きを背負うことになったわけです。

一瞬「おっと」と思いましたが、もともと子どもを望んでいましたし、「まあ明日生まれるわけじゃないしな」と事業は止めずに走り出すことに決めました。

もともと子どもが生まれたら自然豊かなところで育てたいと思っていたので、妊娠がわかってからすぐに夫の地元である長野の信濃町に移住しました。スタートアップをやるなら絶対東京のほうがいいと思っていたので迷いはありましたが、東京で出産をして子育てをするイメージが全く湧かなかったんです。

何事に対しても「新しいことは楽しい」という感覚がありましたし、東ティモールで暮らしていた時も、最初はお湯が出なかったり、ゴキブリやネズミと共存したりしていたくらいだったので、「移住したからってそこで人生を終えるわけじゃない。合わなかったら東京に帰ればいい」と移住を決めました。

――暮らしの環境を優先したのですね。

現在の青波さんの住まいの様子

結論から言えば、思い切って信濃町に移住したのは正解だったと思っています。起業をすると仕事とプライベートの境界がほぼなくなるので、夫婦関係や子育てがうまく回っていかないと、事業もうまく回らなくなると思うんです。

仕事のことだけを考えて東京にいた場合、恐らく子育てでフラストレーションが溜まって、事業もうまくいかなかったんじゃないかなと。移住直後も思ったし、今でもそう思います。まず大前提として、子ども達にとっていかに良い環境でストレスフリーでいられるか。それをベースにしてプライベートを充実させれば、きっと事業もうまくいく。

特に女性の経営者の場合、妊娠するとなれば自分の体に約10ヶ月間子どもを宿すことになるし、出産の前後は動けません。妊娠・出産と仕事と切り離さずに、共存するしかないんですよね。だから、暮らしや子育ての負荷が低い環境の方が事業経営もしやすいと思います。

孤立を防ぎ、情報を掴むために長野の創業コミュニティに飛び込んだ

長野で出会った起業家仲間の同期たち

――移住後は、どうやって事業を形にしていったのでしょうか。

やりたいことはあれど資金がなかったため、まずはプロダクト開発の原資を捻出するためにメディアマーケティング支援の受託業を継続することにしました。

もう一つの生命線として、日本政策金融公庫の創業融資にも申し込みました。事業計画を引いてお金を借りる経験は人生で初めてで、計画書や試算表を提出できたのが出産の1ヶ月前。無事に長男が誕生し、面談を経て、最終的には公庫と地元の銀行による協調融資で1年走れるくらいの資金をお借りすることができました。

そこからは、初めての育児に奮闘しながら「TypeGO」の事業を形にするために走りました。

――まずは資金を貯めていったのですね。都市部での創業に比べて、壁を感じる場面はなかったのでしょうか。

信濃町は、子育て環境としてはとても良かったのですが、やはりふつうに暮らしていると周りの情報が全く入ってこなくて。東京にいた頃は、電車に乗るだけで広告やトレンドが入ってきますし、人との出会いもたくさんありました。スタートアップ支援や起業家のイベントも多い。一方信濃町は、むしろそういった情報に疲れた人たちが自然を移住してくるところなので、想像していた起業とはかけ離れた暮らしで。

「このままでは孤立してしまう!」と、長野県内の起業家コミュニティはないか探しました。そんな中で見つけたのが信州スタートアップステーションでした。表向きは「事業をスケールしたい」と相談に行きましたが、本音は「やばい、誰ともつながっていない」という焦りでしたね。

そこでアクセラレーションプログラム※1に採択していただき、2023年の夏〜秋はコーディネーターの森山さんと壁打ちを重ねました。特に、ターゲットセグメントをいくつも定め、それぞれの課題や事業インパクトを深掘りしていく工程は今までの受託目線とは使う脳の筋肉が異なり面白かったです。アクセラレーションプログラムの同期という形で創業者仲間も増え、刺激を受けたり学びを深めたりすることができました。

※1 「アクセラレーションプログラム」では、年に2回、公募により選定した企業等を対象に、数カ月間にわたりコーディネーター、メンターが起業家の様々な経営課題に対して短期集中型の伴走支援を行う。

インタビュー後編では、事業の成長と子育ての両立のコツ、これからの展望についてお聞きしました。

株式会社Swellのホームページhttps://swell-inc.com/
英語教員のための「TypeGO」公式notehttps://note.com/typego