研究成果を社会へ還元。信州大学発スタートアップが切り拓く未来【前編】

長野県で今、大学発スタートアップが次々と生まれています。髪の毛の何万分の1という超微細技術から、急成長を遂げるAIベンチャーまで。東京へのアクセスと豊かな住環境を両立できる長野だからこそ生まれる、新しいビジネスの形があります
信州大学は、2018年に知的財産・ベンチャー支援室ベンチャー支援グループを立ち上げて以降、大学の研究成果やその他の活動成果をもとにした「信州大学発スタートアップ」の創出や成長を支援しています。
今回は、そんな信州大学でスタートアップ支援を担当する特任教授の角田哲啓(つのだ・あきひろ)さんに、信州大学発スタートアップの支援体制、具体的な事例についてお聞きしました。
<お話を聞いた人>
信州大学 学術研究・産学官連携推進機構 特任教授 角田哲啓(つのだ・あきひろ)さん
東京理科大学工学部卒。経済産業省関東経済産業局及びNEDOにて研究開発や中小企業支援関係の業務を担当。2016年6月から信州大学学術研究・産学官連携推進機構にて、大学の研究成果の事業化支援や大学発ベンチャーの創出・成長支援等を担当。Inland Japan Innovation Ecosystem(IJIE)プログラム共同代表者・事務局長。
経済産業省から信州大学へ。地域に根ざしたスタートアップ支援の道
――角田さんのこれまでのご経歴と、スタートアップ支援に関わるようになったきっかけを教えてください。
元々、経済産業省の関東のブロック機関である関東経済産業局に勤めておりまして、そこで中小企業の技術開発支援やエネルギー関係の仕事に従事していました。
2016年に信州大学に人事交流で出向させていただき、現在いる学術研究・産学官連携推進機構という組織に来ました。
出向して1年経った2017~2018年頃は、まだ「スタートアップ」ではなく「ベンチャー」と言われていましたが、大学発のベンチャーとして起業する先生が次々出てくる時期があったんです。
そんな中で、大学の中でも大学発ベンチャーの支援を積極的にやっていこうという流れが生まれ、2018年に知的財産・ベンチャー支援室ができ、そこでベンチャー支援を担当するようになったのがスタートアップ支援に従事するきっかけですね。
もともとは3年間の出向で信州大学に来たのですが、2019年で出向期間を終了してからもいろいろとご縁があって、長野県にそのまま残っていろいろお仕事しているような状況です。現在は、大学の研究成果の社会実装、つまり基礎研究などの成果を社会に還元していくための支援業務を中心に担当させていただいています。
――「社会実装」というのは、具体的にはどういうことですか?
せっかくの研究成果をそのまま大学内に眠らせてしまうのは非常にもったいないですよね。ひとつでもふたつでも、世の中に役に立つようにしていきたい。その手段の1つとして、大学発のスタートアップ支援があると考えています。
「信州大学発ベンチャー認定制度」で、研究成果を事業化へ
――現在、角田さんが信州大学で担当されている具体的な業務について教えてください。
まず大学の中では、大学発ベンチャーやスタートアップをやりたいという先生方が相談に来たときに相談に乗ったり、実際に起業をされた先生方の支援をしたりしています。また、大学の先生以外でも「信州大学と一緒になにかをやりたい」という起業家の方の相談を受けることもあります。
大学で支援を始める際に、大学の立場で民間企業の支援をすることになるため、「信州大学発スタートアップ」の認定制度を作って、大学として支援する対象を明確に整理した上で支援させてもらっています。
――認定制度があることで、支援の対象が明確になるのですね。認定されるとどんな支援が受けられるのでしょうか?
認定となったスタートアップには、インキュベーション施設の貸与、インキュベーション施設(学内住所)等での商業登記の許可、事業計画のブラッシュアップ、各種支援施策に関する情報提供、金融機関や事業会社とのマッチング等の支援を提供しています。
――幅広く手厚い支援体制が整っているのですね。
最近の大きなトピックとしては、2024年2月にJSTの大学発新産業創出基金事業に申請して採択され、Inland Japan Innovation Ecosystem(IJIE)というプラットフォームを立ち上げました。甲信北関東の5つの県にまたがる広域のプラットフォームを作って、大学の研究成果をもとにしたスタートアップの創出支援を行っています。
そういう活動をしていく中で、長野県の方ですとか、信州スタートアップステーション(以下、SSS)をはじめとしたスタートアップ支援機関の方々など、そういった皆様と横で連携を取りながら、学生や研究者、またそれ以外の方も含めて、大学発のスタートアップもしくは長野発のスタートアップをやろうとしている方々のサポートをさせてもらっています。
髪の毛の何万分の1の技術から急成長のAIベンチャーまで。多彩な信州大学発スタートアップ
――これまで信州大学発のベンチャーとして生まれた企業はどれくらいあるのでしょうか。
信州大学発のスタートアップは、認定を過去に行った企業が累計24社あります。
――その中でも、特に印象に残っている企業や事例を教えてください。
今、信州大学の中で成長株として積極的にご支援させていただいているのは、上田の繊維学部の中にあるインキュベーション施設に入っているナフィアスという会社があります。
ナノファイバーというのは、10のマイナス9乗という非常に小さい単位で、髪の毛の何万分の1みたいな太さの繊維を作って、それで不織布を作り、マスクなどの製品として販売しているベンチャーです。
――髪の毛の何万分の1! それはすごい技術ですね。
彼らが創業して間もない頃からサポートさせていただいていて、いろいろ紆余曲折があった中で、県の施策のご紹介や国の補助金等の支援もさせてもらいながら、徐々に成長してきました。
当初はマスクからでしたが、今はアパレル関係や医療分野など、いろいろな分野に事業展開しようとされています。技術もそうですし、社長さんも信州大学の卒業生で若手の方がやっていらっしゃいますが、もうかれこれ支援し始めて10年近く経ち、だいぶ成長してきました。長く支援しているので、すごく思い入れのある会社の一つです。
――10年近く伴走されてきたからこそですね。ほかにも印象的な事例はありますか?

若手のところでは、去年一昨年に創業したばかりのunseedというAI系のベンチャーがあります。そこは、社長さんが信州大学の大学院生だった頃に「将来創業したいんだ」と相談を受けて、アドバイスをしていました。
――学生の頃から相談に来られていたのですね。
当時は、「一旦はきちんと仕事のスキルを身につけたり、ネットワークや人脈を作ったりするために就職して、2~3年かけて準備してから創業する」と言っていたのですが、実際は就職してから1年で創業してしまいました。
有名な大手コンサル会社に勤めていたのに1年で辞めて創業してしまって、内心「大丈夫かな?」と思っていたところ、先日久しぶりに話を聞いたら現在は社員も順調に増えて、一気に急成長されていて。学生の頃からサポートさせていただく中で、こちらが思うペースとは違うペースで成長していっているので、すごく期待している企業の一つです。
――予想を超えるスピードで成長していったのですね。
CAR-T療法というがんの治療法の実用化・事業化を目指しているA-SEEDSというスタートアップは、大学としても注目しています。先日大きな資金調達を行っており、信州大学発スタートアップの中では成長株の筆頭かなと思います。
こういったところが将来エグジットしていただけると、大学の他の先生方にとっても身近な成功事例となり、次々と新しく「スタートアップをやろうかな」という先生も出てくるのではないかと思います。信州大学発のスタートアップの中ではまだ大きな成功事例がないので、今後そういった企業が出てくるといいなと期待しています。
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インタビュー後編 では、角田さんがスタートアップ支援に感じる面白みや、大学発スタートアップならではの魅力、長野で起業することの優位性、そして起業を考えている方へのメッセージを聞きました。
信州大学 学術研究・産学官連携推進機構
https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/ccr
<SSSの個別相談受付>
メールでのご連絡 shinshuss@tohmatsu.co.jp