長野県から世界へ。スタートアップ市場の現状とVCが見据える未来【SSSセミナーレポート】

長野県のスタートアップ市場には、どんなポテンシャルがあるのか。首都圏への近さはどんな武器になるのか。資金調達の選択肢は、この数年でどう広がっているのか。そして、長野のスタートアップ市場が次のステージへ進むために、今何が必要なのか。
信州スタートアップステーション(SSS)では、長野での創業を考えている方や、支援機関の方向けのセミナーを定期的に開催しています。6月24日にオンラインで開催された今年度第1回目のセミナーでは、これらの問いに対するヒントが語られました。
長野県が持つ、首都圏への近さを生かした事業連携の可能性や、自然環境や製造業基盤を生かした実証実験フィールドとしてのポテンシャル。エクイティ出資に加え、社債やベンチャーデット、資本性ローンなど選択肢が広がる資金調達環境。そして、経営人材や連続起業家がまだ少ないからこそ見えてくる、これからの長野の伸びしろ。八十二インベストメント株式会社の加納岳さんに、投資家の視点からお話を聞きました。
<お話を聞いた人>

加納 岳氏
八十二インベストメント株式会社 2014年八十二銀行入行、2022年より営業渉外部でファンド立ち上げに携わる。2023年には八十二インベストメント(HIC)に出向し、ベンチャー・承継投資を担当。2024年に独立系VCのON&BOARDに出向しシード期のベンチャー投資に従事しながらSwish!を企画・運営。2025年にHICへ帰任し、現在はベンチャーチームのトップとして投資業務を行いながら八十二長野銀行ベンチャー方針策定を中心となって行う。
首都圏への近さが生む、圧倒的なアドバンテージ

八十二インベストメントは、八十二長野銀行の投資専門子会社として、300億円規模のファンドを運営しています。加納氏は、投資家の目線から見た長野県ならではの強みとして、3つのポイントを挙げました。
1つ目は、首都圏への近さです。首都圏に近いという、心理的にも物理的にも圧倒的な距離の近さは、長野県ならではの武器です。事業会社やベンチャーキャピタルといった首都圏の資本を巻き込んで、一緒に事業連携をしていくこともできます。
2つ目は、多様な実証実験フィールドです。長野県は、自然環境や観光資源に加え、製造業の基盤が整っている点が大きな強みとなります。実際に、東京のハードウェア系スタートアップが県内の製造業にOEM先を求めて連携し、新たな収益の柱としているケースも少なくありません。県内で実証実験を行いたいというスタートアップからの相談も多く寄せられているそうです。
3つ目は人材獲得のポテンシャルです。コロナ禍以降、東京から新幹線沿線への移住が進んだことで、県内企業で働きたいという人材や、東京の仕事を続けながら長野に住むという働き方も広がりつつあります。
こうした強みを踏まえたうえで、加納さんが特に相性が良いと語ったのが、SaaS、アグリテック・バイオテック、モビリティの3分野です。
SaaSは、県内中小企業のDXの遅れという課題の裏返しでもあります。人手不足に悩む地域の中小企業に対し、業界特化型のSaaSを導入して業務を自動化する動きは、まだまだ伸びしろがあるといいます。アグリテック・バイオテックでは、JAや農家と連携しながらプロダクトの実証を行うスタートアップの事例が紹介されました。
モビリティでは、広大な土地や過疎化という課題を背景に、ドローンによるラストワンマイル配送の実証実験や、塩尻・白馬地域での自動運転バスの実証実験など、具体的な取り組みが進んでいます。
加納氏は、地域の課題やアセット、テクノロジーが交差する場所にこそ、真に競争力を持つ巨大な市場が生まれる可能性があると指摘し、長野県発の企業が世界へ羽ばたいていく未来への期待感を語りました。
進化する資金調達と、VCが見る「モート」という視点

資金調達手段も、以前より大きく広がっています。八十二インベストメントやSSファンドによる株式出資や社債引き受けに加え、日本政策金融公庫や商工中金によるベンチャーデット、資本性ローン、長野県信用保証協会の創業支援資金など、選択肢は多様化しています。
投資判断で重視する指標については、単純な売上ではなく、解約されない限り毎月積み上がる年間経常収益「ARR(Annual Recurring Revenue)」を見ているといいます。受託開発のような単発の売上ではなく、継続的でスケールする収益構造を築けているかどうかが、上場を見据えるうえで重要な指標になるそうです。
さらに加納氏が強調したのが、持続的な成長を支える「モート」という考え方です。モートとは、他社に模倣されにくい中長期的な競合優位性を指す言葉です。せっかくいいアイデアがあっても、それだけでは、他社に真似されてしまうことも珍しくありません。実際に、加納氏が出向中に相談を受けていたシード期のスタートアップが、事業会社との壁打ちを経て、同じようなサービスを他社にリリースされてしまったという出来事もあったそうです。
データの蓄積によって後発の競合に乗り換えにくくなる仕組みや、複数のプロダクトを展開して顧客との接点を増やす戦略が、モートの構築につながるといいます。あわせて、組織規定の早期整備や、弁護士・CXOなど専門家の巻き込み、投資家に対する透明性の高い情報開示も、事業をスケールさせるうえでの土台になります。
今だからこそ狙える、長野のポジションと伸びしろとは

資金調達の環境が整いつつある今、加納さんが次に見据えるのは、長野県のスタートアップエコシステムをどう底上げしていくかというテーマです。むしろ、プレイヤーがまだ少ない今こそ、先行して動く価値があります。
鍵の1つは、起業家自身の目線の高さです。加納氏は、創業初期段階から「長野県発で世界と戦えるレベルを目指す」という意識や覚悟をどれだけ持てるかが重要だと強調しました。
そのための取り組みとして、様々なイベント等を開催していきたいとも語りました。
もう1つの鍵が、「セカンドティア人材」と呼ばれる、経営人材の確保です。CXO候補や、経営の右腕となるような人材は、今のところ東京に集中しています。企業を成長させていくうえで、こうした人材をどう長野に呼び込むかが今後のテーマとなります。
そして、連続起業家やエンジェル投資家の存在も、これから育っていく余地がある分野です。加納氏自身、長野県内で見聞きしてきた実感として、連続起業家やエンジェル投資家はまだ多くないと感じているといいます。地元に目指すべき先輩起業家がいることは、すぐに相談できる環境や、次の世代を生み出すサイクルの循環にもつながります。
加納氏は、こうしたエコシステムづくりは八十二インベストメント一社で担えるものではなく、長野県やSSSをはじめとする支援機関と共に作っていくものだと語ります。挑戦する起業家を全力でサポートしたいという思いを示し、資金調達や出資を求めていない場合でも、事業の壁打ちなど気軽に相談してほしいと呼びかけ、セミナーを締めくくりました。
信州スタートアップステーションでは、資金調達に関するテーマだけでなく、起業に向けたノウハウや、長野県の既存産業・注目領域を知るためのセミナーも今後開催を予定しています。長野での創業を考えている方は、ぜひご参加ください。