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2025.6.25

地方起業と事業計画の重要性【SSSセミナーレポート】

2025.6.25
イベント/セミナー/研修を探している とりあえず事業の相談がしたい

信州スタートアップステーション(SSS)では、長野での創業を考えている方や、支援機関の方向けのオンラインセミナーを定期的に開催しています。

2025年夏期は、ビジネスのアイデア出しから事業計画の作成までみっちりサポートする全4回の創業セミナーをオフライン・オンライン配信併用で開催します。

6月17日に行われた第1回目のセミナーでは、「地方企業と事業計画の重要性」をテーマに、株式会社つばさ公益社 代表取締役の篠原憲文氏を迎え、地方ビジネスにおける事業計画の作り方や金融機関との付き合い方、地方ならではの課題と機会についてお話をいただきました。セミナーの様子をレポートします。

【登壇者】
株式会社つばさ公益社 代表取締役 篠原憲文氏

「家族葬のつばさ」創業7年、東信エリア10会館運営。明治大卒。メリルリンチ日本証券、eBay Japan、Macromedeia(現Adobe)勤務。日本DX大賞、信州ベンチャーサミット最優秀賞など。

進行役:信州スタートアップステーション コーディネーター 

篠原氏は、創業7年で10店舗を展開する葬儀会社を経営しています。

「丸いノコギリ」の教訓:準備の重要性

セミナーの冒頭で篠原氏から紹介されたのは「丸いノコギリ」の話でした。木こりが切れないノコギリで木を切り続けているのを見て、なぜ刃を研がないのかと聞くと「忙しいから」と答えたという話です。

「順番が違うわけです。最初にしなければいけないのは刃を研ぐこと。しっかり準備をした上で木を切るべきなのに、切れないノコギリでずっと時間を使っていると」

自身も、信州スタートアップステーション(SSS)を活用して事業計画書の作成支援や銀行融資の相談をし、金融機関との「共通言語」を学んだ経験を振り返りました。まずは知識をつけて自分自身のノコギリを研ぎ、相手と文脈を合わせたり、考えを理解したりすることで、話が伝わり事業の実現に力を貸してもらえるようになるのです。

さらに、篠原氏は「事業計画は信頼を作るためのツール」と語ります。

「事業計画書は、銀行や投資家に事業の実現可能性を示すだけでなく、チームとの共通の言葉や向かっていく方向性を示すものとなります」

そのため、客観性の担保の重要性と、主要な財務諸表(損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書)を読めるようにしておく必要性が強調されました。

地方企業のメリットと課題

続いて、地方起業には都市部にはない独自の強みがあると篠原氏は説明します。特に地域資源の活用については、特産品や文化資源を活かした差別化がしやすく、独自性を生み出しやすい環境があるといいます。

「特に、ふるさと納税みたいなチャンスを活用して極端に大きくなった会社って実はたくさんあって。例えば徳島県には創業初年度に売り上げ10億、2年目30億みたいな会社もあります。実はチャンスの種というのは今地方にすごくたくさんあるんじゃないかと」

また、コスト面では都市部と比較して人件費や家賃を抑えられ、初期投資を小さくできるメリットがあります。地域課題への取り組みについても、地域の問題解決に取り組むことで応援されやすい環境があると語りました。

「どこを掘っても地域は問題だらけだから、その地域の問題解決を頑張ろうとすると、みんなから応援されやすいみたいな環境がある。さらに、キーマンとすぐに繋がれることも強みです。ネットワーク構築のしやすさも地方の良さだなと感じます」

一方で、地方企業特有の課題についても率直に語られました。最も重要な課題として挙げられたのは顧客の獲得。次に地方特有の市場の小ささが問題となります。

「顧客獲得に関しては課題があるなというのは、自分で事業をやっていても感じます。シンプルに人が少ないとか、販路がないとか、どの属性にターゲットを定めるんだとか、さらにどう広げるんだとか。従来に地方になかったような文脈で集客するなど、工夫をする必要があると思います」

ただし、これには両面性があり、競争が少ないという利点もあると説明されました。

また、特に強調されたのがキャズム理論の重要性でした。新商品・サービスがイノベーター(2.5%)、アーリーアダプター(13.5%)から一般顧客(アーリーマジョリティー)に移行する際に現れる「深くて大きな溝」について詳しく説明されました。

特に地方では、都市部なら成立するニッチなビジネスも、興味関心を引く人の絶対数が少ないがゆえに成立しないケースが多いため、時間と資金を考慮に入れた事業計画が不可欠だと強調されました。

「nice to have(あったらいい)」と「must have(ないと困る)」の違い

さらに篠原氏は、「実は支出管理が事業計画の7割だと個人的には思っています」と続けます。予測が難しい売り上げに対し、支出はコントロールできるという観点から、家賃、人件費、在庫など管理可能な項目をしっかり計画することの重要性が説明されました。

特に注目すべきは固定費で、「固定費がゼロだったらいつまでも継続できる」という視点から、「死なない事業計画」を作ることが強調されました。

その上で篠原氏は、長年の経営経験から、事業計画でよく見られる典型的な失敗パターンについて説明しました。最初に挙げられるのが過大な売上予測です。根拠のない楽観的な見込みで初期段階での過大評価をしてしまうケースについて語りました。

「ピカピカキラキラのオフィスや、人件費を過剰に取り過ぎるなど、固定費を最初からかけすぎてしまうのは逆効果。多くの場合で、初期顧客からメインストリームに移るまでに資金ショートを多くの場合で起こしてしまいます。創業初期の経営者が陥りやすい落とし穴として、キャッシュフロー管理の失敗も挙げられます」

続いて篠原氏は、よく見落とされがちな市場調査の重要性について、自身の経験を踏まえて警鐘を鳴らしました。

「仮説を作ってコンセプトを作った段階で『絶対に行ける!』と熱が上がってしまい、気づくと、ちゃんとした市場調査もしないうちにプロダクトを作って売り始めてしまうみたいなことが起きやすい。やっぱり熱を持って作るサービスやプロダクトというのは目線が偏っていて、とてもじゃないけど客観的ではなく、自分にしかわからない理論で組み立てられてることがあります」

そこで、ニーズを見極める重要なポイントとして「nice to have(あったらいい)」と「must have(ないと困る)」の違いを理解することの重要性が実例を交えて語られました。

「『あったらいいよね』から、お友達相手にプロダクトを作りました、『いいね』と言ってくれたから始めました、それで全然売れないということがすごくよくあると。結局、そこに痛みが生じていて、『ないと困る』から、お金払ってもでも解決したいことなら、確かに入っていけるんだけども、『あったらいいよね』は基本売れないし、友達の評価は全く当てにならない」

「勝てる場所で戦う」地方企業のポジショニング戦略

地方でのビジネス展開について、篠原氏は「勝てる場所で戦う」ことの重要性を強調しました。

まず、先行者がいることのメリットについて説明しました。一見すると競合がいることは不利に思えますが、むしろ市場の存在証明になると語ります。

次に、メインストリームの横にあるニッチ市場への着目と、セグメントやコンテンツを絞った戦略の有効性について詳しく説明されました。

「僕自身が地方で起業して思うのは、地方での創業は、先行している成功者がいる上で、ニッチかつ独自性のある領域がいいなと思ってます。メインストリームの横に、セグメントやコンテンツが絞られてる世界があると。例えば、メインストリームであるゴルフの、左利き用だとか女性専用、大きいサイズのゴルフウェア。メインストリームの横に流れているニッチで独自性を発揮して圧倒的に勝つ」

セミナーの最後は、「言われた通りやるのは難しいが、言われた通りやったら成功することがたくさんある。スマホの時代は情報がコモディティになったため、行動で差をつけましょう」というメッセージで締めくくられました。

今後の創業セミナーでは、アイデア出しと市場分析、事業計画書作成、事業計画のブラッシュアップを行っていきます。

長野での創業を考えている方や、創業して間もない方、中小企業等で新規事業をご担当されている方はぜひご参加下さい。
詳細・お申し込みはこちら

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2025.6.24

【SSWコラム】souが事業として目指すこと

主催:SSSW
募集期間:2025/06/24〜2026/03/31
2025.6.24
イベント/セミナー/研修を探している

県内全エリア

「なぜsouは、女性の創業や起業を支援するのか?」
今回はその背景にある“社会の今”についてお話ししたいと思います。

⚫︎長野県に見るジェンダー格差の現実
長野県は、2025年に発表された都道府県別のジェンダーギャップ指数で全国20位。
一見そこまで悪くない順位にも見えますが、実は「経済」の分野だけを見ると37位と大きく順位を下げています。特に「男女賃金格差」「管理職の女性割合」「社長の男女比」などで、全国ワーストに近い水準にあるのが現実です。

共同通信:都道府県別ジェンダーギャップ指数2025 https://digital.kyodonews.jp/gender2025/data/20?year=2025

信濃毎日新聞でも、2025年元日から「ともにあたらしく〜ジェンダー地方から〜」という連載が始まりました。ここではデータと当事者の声の両面から、地方における性差の実態が丁寧に描かれています。

ある調査によれば、「性別が理由で長野県を出たいと思ったことがある」と答えた人は、女性が圧倒的に多く、家庭内の役割分担においても「理想」と「現実」が大きく乖離している様子が浮かび上がっています。

信濃毎日新聞(2025年1月1日)https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024123100283

⚫︎「起業」を選びにくい空気
加えて、長野県の若者の意識にも気になる傾向があります。

日本財団の「18歳意識調査」によると、長野県の18歳は「自分の力で社会を変えられる」と思っている人の割合が全国でも低く、「自分には人に誇れる個性がある」と答えた割合は最下位でした。

こうした若者の意識は、私たち大人の社会がつくってきた空気の中で育まれてきたものかもしれません。

世界に目を向けてみると、起業活動は社会課題の解決や自己実現の手段としてますます注目を集めています。しかし、日本はその波にうまく乗れていない国の一つです。失敗を許さない風土や、ロールモデルの不足、起業を選択肢に入れづらい教育や文化。
その中でも長野県は、さらに起業への心理的・社会的ハードルが高い地域であることが、様々な調査から見えてきます。

⚫︎souが大切にしていること
こうした背景の中で、souが目指しているのは、単なる「起業支援」ではありません。

「自分には、人に誇れる何かがある」
「自分の力で、社会は変えられる」
「人の力を借りながら、自分の力を発揮していい」

そんなふうに思える人を一人でも増やしていくこと。それこそが、souの原点であり、これからも変わらない私たちの目指す未来です。

⚫︎2025年度の3つの取り組み
2025年度、souでは以下の3つの柱で活動を展開します:

sou-ME事業(全6回)
 「好き」や「大切にしたいこと」を形にして、事業化を考えるプログラム

sou-Nagano事業(全6回)
 自分だけでなく「地域の幸せ」も事業にしていく、共創型の起業支援

sou-Mentors事業(毎月随時)
 気軽に相談できる個別メンタリング。2023年度から継続実施中

いずれのプログラムも参加無料。個別相談も回数に制限はありません。
自分の可能性を信じたいとき、ちょっと誰かに話を聞いてほしいとき。
ぜひ、souを頼ってみてください。

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2025.6.9

起業家を長野県で育てていく。起業文化醸成のための工夫

2025.6.9
イベント/セミナー/研修を探している とりあえず事業の相談がしたい

長野県から世界を目指す起業家・経営者を全力で支援する、創業支援拠点運営事業信州スタートアップステーション(SSS)。

前回の記事では、長野県産業労働部経営・創業支援課の関遼樹さんに、長野県が目指すスタートアップ支援の形について、お話を伺いました。

今回は、長野という土地で起業家の芽を増やし、育てていくための構想や、取り組みについて、お話を伺いました。

<お話を聞いた人>
関遼樹(せき はるき)さん

長野県産業労働部 関遼樹(せき はるき)さん

長野県産業労働部 経営・創業支援課主任。長野県職員、デロイトトーマツベンチャーサポートへの出向を経て、2023年に長野県庁へ復帰。アクセラレーションプログラム、スタートアップ拠点構築事業に従事し、地域イノベーターとして、地域課題解決とビジネスの両立を目指す。

地元中小企業とスタートアップのマッチングで生まれる、新たな潮流

実は私は三年前、スタートアップ支援をする東京の会社に出向していました。そこで運営していたモーニングピッチというイベントがありまして、毎週木曜日の朝7時から、毎週5社のスタートアップが、大企業の社員や役員に向けてピッチをするんです。

――朝七時に人が集まるのですか?

それが集まってくるんです。「始業前のアツい人たちが来る」というコンセプトでしたね。

参加企業と、ピッチをしたスタートアップ企業間につながりが生まれるよう、イベント開催後のフォローアップもしっかり行っていました。こういった活動を行うことで「投資につながった」「協業関係になった」などの結果も出ていました。一種のコミュニティ形成ですね。

この時の経験から、「スタートアップだけにアプローチをしていては、足りない。」という気づきがあり、地元の中小企業と、スタートアップのつながりが生まれるような仕組みを、長野でも作っていこうと考えました。

――長野でこういった活動を広げていく上での工夫はありますか?

まずは、長野の企業に向けて、リーディングカンパニーの事例を見てもらうようにしています。長野の有名企業がスタートアップと連携して、こんな成果が出ています、という事例をイベントで講演してもらうことで、「こんなことをやっているんだ」と、まずは興味を持ってもらう。そして「それならうちでも、できるかもしれない」と自分ごとに置き換えてもらう工夫を行っています。皆さんが知っている企業の実例、となれば、やはり皆さんに響きますね。

その次の段階として、長野県ならではの産業、例えば食品に特化した企業間でマッチングを行うことで、成立の確度を上げていきます。スタートアップが「点」だとすれば、大企業は大きな「面」で、この「点」と「面」をうまくクロスさせていきたいですね。

スタートアップ育成の観点でいくと、実は県外との協業も進めています。昨年度は大阪でイベントを開催したり、本社が長野ではないけれど、拠点が長野にある企業とも話をしたり、様々な角度から、取り組みを行っています。

起業文化を醸成していく上での、2つの課題

――こういった取り組みの中で、課題に感じていることはありますか?

大きくは二つあります。一つ目は、まだまだ起業が当たり前じゃない、という空気感です。

スタートアップへの資金調達環境も十分とは言えません。堅い言葉で言えば、スタートアップエコシステムの拡充・定着を進めていかないといけません。

――起業して終わりではなく、そこからずっと続いてくのが経営なので、維持していく難しさはありますね。

もう一つの課題としては人材育成の難しさです。

一般的なこどもの教育過程の中で、「自分で課題設定をして何かをやる」機会って、実はあまり無いと思っています。教科書には既に質問が書かれていますよね。

しかし、ビジネスでは自分で課題設定をしないといけません。自分で創造するために必要な考え方を、高校・大学に至る過程で身に着ける機会があれば、起業人口の裾野はもっと広がっていくのではと考えています。

――確かに、教科書に書かれたことをただ学習するカリキュラムでは、そこを身に着けるのは難しいと感じています

「課題の設定」と「じゃあそれをどうするか」という思考がセットにならないのが悩ましいところで、我々は、先輩起業家の講演などのセミナーを通して、皆さんが学べる機会を提供するようにしています。知識をまずはインプットして、それをどう応用していくか、という考え方が大切ですね。

セミナーも、多くの方を集めてやる内容もあれば、「資金調達」や「資材の調達」など少人数でしっかり戦略的にやるものもあります。繰り返し見ていただけるように、youtubeで視聴できるようにもしていますよ。

起業をもっと当たり前のものにしていくために、様々なセミナーをこれからも企画していきます。

女性起業家支援の取り組み

女性は、子育てなどで一度ビジネスシーンから離れると、これまで通りの仕事に戻ることに、困難を感じられることも多いかと思います。

起業やご自身の活動に関する悩みを相談したい女性に向けての、女性相談員の窓口も設けています。

SOU

特徴的なのは、1:1の相談だけではなく、様々な女性相談員に、横の関係で話を聞けることです。起業は法人化が前提では、決してありません。自分の想いを形にするために、少しだけやってみる、その挑戦を後押しできたらと考えています。女性の利用者も年々増えていますよ。

今年は女性起業家向けの連続講座も企画中なので、楽しみに待っていていただけたらと思います。

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2025.6.9

競争力のある企業を育てるために。長野県が描くスタートアップ支援の形

2025.6.9
イベント/セミナー/研修を探している とりあえず事業の相談がしたい

長野県から世界を目指す起業家・経営者を全力で支援する、創業支援拠点運営事業信州スタートアップステーション(SSS)。

今回は、長野県産業労働部経営・創業支援課の関遼樹さんに、長野県が目指すスタートアップ支援の形について、お話を伺いました。

<お話を聞いた人>
関遼樹(せき はるき)さん

長野県産業労働部 経営・創業支援課主任。長野県職員、デロイトトーマツベンチャーサポートへの出向を経て、2023年に長野県庁へ復帰。アクセラレーションプログラム、スタートアップ拠点構築事業に従事し、地域イノベーターとして、地域課題解決とビジネスの両立を目指す。

スタートアップが競争力をつけるための「ファンド」

――長野県では様々なスタートアップ支援をされているかと思いますが、これから特に推進していきたい取り組みについて教えてください。

長野県産業労働部 関遼樹(せき はるき)さん

我々が実現したいビジョンは、「競争力のある企業を生み、次世代産業を創出していく」ことです。県が起業家達のチャレンジを後押しするために力を入れているものの一つに「ファンド」があります。「ファンド」による出資とは、簡単に言えば、月々の返済が必要なく、株と引き換えに、企業が資金を調達する仕組みです。

――返済が必要ないのですか!

はい。ただ、やはり株を渡すので、企業として一定の成長を求められる面はあります。やりたいことがあるのに、なかなか金融機関からの融資が付かない方に、知っていただきたい仕組みです。

――利用者はいらっしゃるのですか?

令和4年度からこれまでに20社の利用実績があります。年間数件なので、昨年一年間の創業の件数が約1300件であることを考えれば、ファンドの利用者はごくごく一部という現状です。

やはり一定の資本がないと、やりたいことを実現させたり、大きくしていくことは難しく、スタートアップ企業に競争力をつけてもらうためにも、利用者を増やしていきたいです。

――ファンドを利用するのは、ハードルが高いのではないでしょうか?

ファンドを利用したいと申し出があった場合には、これまで数多くの地方創生ファンドを運営してきたミライドア株式会社(東京都)や、SSSのコーディネーターが支援を行います。まずはご相談いただければと思います。

長野という土地で、ビジネスにしっかりと挑戦できる環境を整えていくことが、我々の大切な役割です。起業のために地方から東京へ出ていくケースは多いですが、逆に、広大なフィールドがあり、競合も少ない長野で起業する方が、起業に適している場合もあります。
実はファンドは県内企業でなくても、長野県内に拠点を設けている企業であれば利用ができて、現在3社のスタートアップがファンドを利用しています。

――ファンドの利用者を増やしていくためには、ある程度ビジネスの土台ができている人を増やしていく必要がありそうですね。

そうですね。ファンドの前段階として、どなたでもSSSの窓口をぜひ利用してもらえたらと思います。SSSの窓口に来てもらえれば、「こういうことをやりたい」「こういう世界を実現したい」というアイデアをコーディネーターと壁打ちしながら、形にしていくことができます。

資金調達の方法としては、融資、補助金、投資などがありますが、ビジネスモデルが合っていれば、ファンドの利用をコーディネーターがサポートをしますので、ぜひ利用していただたらと思います。

競争力のある企業を育てるために、既存企業を巻き込みたい

――「競争力のある産業を生んでいく」ために他にも取り組まれていることはありますか?

一社だけ業績がバンと伸びても、長野県の産業全体には響かないと思っています。スタートアップの盛り上がりを、局地にとどめないためにも、既存企業をどんどん巻きこんでいきたいと考えています。

県内の既存企業も「新規事業をどう進めていけばいいのだろう」「経営課題にどう向き合えばいいのだろう」という課題に常に悩まされています。そこで、スタートアップと手を取り合うことで、解決の糸口が掴めるかもしれません。

スタートアップは、経験豊富な既存企業の知見やリリースを活用できて、既存企業はスタートアップの新しい目線やアイデアに触れることができる。お互いにメリットを享受できるというわけです。

また、東京ではなく、長野だからこそできることを意識したいです。例えば、長野県は製造業が盛んで、精密加工の高い技術を持った企業がたくさんありますよね。実はそういった企業は、ヘルスケア部門のスタートアップと相性が良い。精密機器の技術は「検査」「小型化」に強いので、スタートアップのアイデアを掛け合わせることで、新たなビジネスの創出が期待されます。

――社会の高齢化も進んでいきますし、需要が高そうですね。

人体は世界共通なので、市場としては非常に広いと考えています。

また、食や観光も長野の強みなので、日本酒・ワイン・発酵食など、バラエティ豊かな県内企業がたくさんあります。そういった企業と、スタートアップが手を組むことで、これまでに無い面白い取り組みが生まれるのではないかと考えています。

スタートアップと既存企業のマッチング

――そうなってくると、両者の出会いの場がもっと欲しいですね。

県内企業とスタートアップの接点を増やすためのイベントも開催しています。2024年10月に長野市、2025年2月に諏訪市でオープンイノベーションフォーラムを開催し、合計254社にご参加いただきました。

信州ベンチャーサミット

信州オープンイノベーションフォーラム

これからは、既存企業からも、スタートアップへ歩み寄る仕組みを作りたいと考えています。ここで問題となってくるのが、スタートアップと地域の既存企業のスピード感の違いですが、両者の間に入って、コミュニケーションをスムーズに進めるための橋渡しをするのがSSSのコーディネーターです。実はSSSではイベントの開催だけではなく、そのあとのフォローアップにも力を入れているのですよ。

――具体的にはどのようなことをされているのですか?

例えば、先ほどの信州イノベーションフォーラムの参加者に対してアンケートを実施し、その回答をもとに、起業や金融機関との面談のコーディネートなどを行っています。イベントをやっておしまいではなく、きちんと次に繋げて、結果が出るようにしてます。これからも、既存企業とスタートアップ企業がお互いに歩み寄れるような取り組みをどんどん進めていきます。

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2025.3.10

信州アクセラレーションプログラム成果報告【イベントレポート】

2025.3.10

信州スタートアップステーション(SSS)では、長野での創業を考えている方や、支援機関の方向けのオンラインセミナーを定期的に開催しています。

11期目となる令和6年度は、人々のウェルビーイング向上や地域産業の課題解決を目指すソーシャルアントレプレナー3社が採択されています。

3月10日に長野市内で行われた成果報告会では3社の代表が登壇し、事業の内容やプログラムの成果を発表し、発表後は多様な参加者同士のネットワーキングも行われました。当日の様子をレポートします。

成果報告会は長野市内のイベントスペース「FEAT.SPACE」で開催され、オンラインでもイベントの様子が配信されました。

まずは長野県経営総合支援課による開会の挨拶のあと、信州スタートアップステーション運営より「アクセラレーションプログラム」についての説明が行われました。

「アクセラレーションプログラム」では、年に2回、公募により選定した企業等を対象に、数カ月間にわたりコーディネーター、メンターが起業家の様々な経営課題に対して短期集中型の伴走支援をします。

対象となるのは、明確なプロダクトやサービスが確立していない段階の創業における「シードステージ」にいる企業や事業者です。課題の解決に向けて、運営受託者のコンサルティングやメンター・アドバイザーによる支援、ヒアリングの機会の設定などを短期間で集中的に行います。

11期目となる令和6年度は、人々のウェルビーイング向上や地域産業の課題解決を目指すソーシャルアントレプレナー3社が採択されています。

いつものコーヒーに健康習慣をプラスする

続いて、各社の成果発表が行われます。まず一人目の登壇者は、株式会社ARARAT CREWS代表取締役・上野真路さん。株式会社ARARAT CREWSは、大学発のベンチャー企業であり、代表である上野さんの食に関する原体験をもとに、食×ヘルスケアの領域で事業を展開しています。現在は、いつものコーヒーにプラスしてヘルスケアをサポートするオイル「PERFECT PERFORMANCE COFFEE OIL」の開発・販売を行っています。

アクセラレーションプログラムでは、まずはSSSコーディネーターとの壁打ちとメンタリングを通じて抽象度の高かった課題の洗い出しと整理を行いました。そこから、具体的なペルソナを設定した上で、プロモーションビデオの撮影、継続率の向上、長野県内の展開という三つの課題を設定し、解決に向けた取り組みを行ってきました。

上野さん 「自分は大学を卒業して長野に帰ってきたので、どこのコミュニティに入ればいいのか、誰とつながればいいかわからずにいました。アクセラレーションプログラムに参加したことで、長野で人とのつながりができたことがこのプログラムに参加した一番の変化です。また、安曇野や松本の経営者の人と話す中で、『若くて頑張っている』というだけで自分を応援してくれる、賭けてくれる人がいると分かったことが自分の支えになりました。どんどん攻めていっていいとわかったので、これからの事業展開に生かしていきたいと思います」

今後は、To Cのサブスクの積み上げを測るほか、珈琲商社や専門人材との強い連携を結んでいるという強みを生かし、商品開発及びコンサルティングや、実店舗の運営に向けてさらなる事業展開を目指します。

農家とデザイナーをマッチングするレベニューシェア型デザイン伴走サービスで地域課題を解決

二人目の登壇者は、農家とデザイナーをマッチングするレベニューシェア型デザイン伴走サービス「nou×nou(ノウノウ)」を提供する株式会社Newtrial.代表取締役の松本寿治さんです。松本さんは、松川村の地域おこし協力隊としても活動しており、任期終了後は本格的な事業展開を目指します。

「nou×nou」は、「これからの農家の伴走者はデザイナーなのではないか?」という仮説から生まれたサービスです。対象となるのは、生産が安定しており、農表事業の規模拡大を目指す中規模農家です。レベニューシェア型により初期リスクを抑え、農家とデザイナーがお互いにコミットしながら農業事業の価値を最大化し、農家の収益向上を支援します。伴走支援を通じて商品価値やブランディングを向上する事で、持続的成長を目指します。

アクセラレーションプログラムでは、主にSSSのネットワーク活用のサポートを通じ、県内農家や「nou×nou」のビジネスに関連がありそうな事業者を洗い出し、アプローチ分析を経て15名にヒアリングを行いました。

松本さん 「最初に長野に来た時は、人とのつながりが無い段階だったので、事業のアイディアがあっても、地域課題に対して誰かと一緒に話してみることが出来ていませんでした。プログラムを通じて県内のさまざまな人と出会って話をし、壁打ちをすることによって、どうしたら話が出来るようになるのかがクリアになっていきました。今後事業を提案する上での道しるべになったと思います。」

ヒアリングを通じ、「サービスを整理し、シンプルでわかりやすい具体的なメニューを作成する必要がある」という課題が見えてきたことから、LPサイトの作成とサービスの見える化に着手。また、サービスを整理することで、「nou×nou」は人手不足で困っている中小企業にも応用できるのではという可能性も見えてきました。

今後は、LPサイトのリビルド、県内でのサービスの展開と実績作り、長野県から全国展開を目指します。

「ネコ科」の女性が自分らしい生き方を見つけるための仕組みを開発

三人目の登壇者は、社会に馴染めない、疎外感を感じる女性のために、自分らしい生き方を見つけるための仕組みやサービスを開発する株式会社ノイエの代表取締役である谷口 絵美さんです。

対象となるのは、発達障がい(ASD)を抱えている女性たち。人に合わせるのが疲れる、ひとりが気楽、家でゴロゴロするのが大好き。谷口さんは、そんな特徴を「ネコ科」と表現し、「ネコ科のニンゲン」の人の自分らしさを応援するサービス「nekoka」を開発しています。

アクセラレーションプログラムでは、福祉サービスに関わる人や支援者、働く女性を中心に困りごとをヒアリングし、現状と課題を洗い出しました。

ヒアリング前は、情報発信のためのWEBサイトの解説や、診断ツールやセルフチェックの開発を考えていたという谷口さん。しかし、ヒアリングを通じ、「診断を受けてもどうしていいかわからない」「重度の障がいを持つ方への支援はあれど、軽度の症状やグラデーションがある場合の支援を探すことが難しい」「お金を稼ぐ手段が必要」という課題が見えてきました。そこで、課題解決のための入り口をつくるだけでなく、スキルアップや就労支援という橋渡しを行い、出口までつくるという事業の方向性が定まりました。

谷口さん「自分がIT業界にいたことから、はじめはオンライン上で完結するプラットフォームの開発を想定していました。今回、ヒアリングを通じて現場の声を聞き、就労支援という課題解決の出口までつくるという事業の道すじが出来たことは大きな変化だったと思います。」

現在は、事業内容をわかりやすく伝えるためのロゴとキャラクターを作成し、啓蒙活動や情報提供に活用していく準備を進めています。また、その次の段階となる、スキル習得の場や、就労移行支援の場づくりに向けて県内の事業者等との連携を進めていきます。

それぞれの発表後には質疑応答の時間が設けられ、事業展開に関する具体的な質問から、アクセラレーションプログラム参加前と参加後の変化についてなど、事業に対する思いに関する質問が寄せられ、熱のこもった言葉が交わされました。

これまで35社がアクセラレーションプログラムに参加しており、かつてプログラムに参加した創業者が次期の採択事業者のヒアリングに協力したり壁打ち相手になるなど、年月を重ねて卒業者が増えるにつれて長野の創業コミュニティが形成されつつあります。今後、長野県初の事業やサービスが大きく成長し全国へと展開していく未来への風向きが感じられる報告会となりました。

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2025.4.28

「創業してみたい」気持ちがあれば大丈夫。相談窓口を利用してみませんか?

2025.4.28
イベント/セミナー/研修を探している とりあえず事業の相談がしたい

4月に新年度を迎えた信州スタートアップステーション(SSS)。
今年度も長野県から世界を目指す起業家・経営者を全力で支援する、創業支援拠点運営事業を進めて参ります。

さて、この創業支援のキーとなる活動の一つである【窓口での創業に関する無料相談】。

コンサルタント、中小企業診断士、会計士等の経験豊富なコーディネータが、相談者の創業・新規事業に関する相談対応を行い、アイデアの事業化を支援しています。

長野市にある信州スタートアップステーションnagano(長野)

「相談窓口、ちょっと気になっているんだよね」
「私なんかが行ってもいいの?」
と、思っている方もいらっしゃるのでは?

今回は、SSS立ち上げから1200件超の支援実績を有す、創業支援コーディネーター森山祐樹さんに、SSSの相談窓口について、お話を伺いました。

窓口の利用状況からみる、長野県の創業事情

――どのような方が相談に来られているのでしょうか?

信州スタートアップステーションnaganoの様子

件数とすると、年間数百件の相談依頼があります。SSSの活動がスタートしてからずっと、安定して、多くの方に足を運んでいただいていますね。その中から実際に何人もの方たちが、創業されています。

エリアとしては、長野市や松本市の方が多いですが、長野への移住を前提として東京から相談に来られる方もたくさんいらっしゃいますね。移住創業に対する相談ニーズの大きさがうかがえます。

年代でみると、30代が圧倒的に多いです。相談のボリューム層である30代においては、女性の相談数が男性を超えているのも特徴的ですね。

――SSSでは女性の創業支援にも力を入れていますよね

はい。SSSでは、長野で起業している、もしくは起業したいと考えている女性の方々のための支援事業にも力を入れています。

事業アイディアのブラッシュアップなど起業に関する相談をはじめ、仕事と家庭・子育てとのバランスやコミュニケーションの取り方など、幅広く相談をお受けします。女性の支援員も多く在籍していますよ。相談場所は、ニーズに応じて、オフラインまたはオンラインをフレキシブルに選択可能です。

――自分の得意なことや、好きなことで輝けるといいですよね

「やりたい」という気持ちだけで大丈夫。気軽に相談に来てほしい。

―――創業のアイデアやプランが無いと、利用できないのでしょうか?

そんなことはないですよ!

「創業してみたい」という気持ちがあれば大丈夫です。皆さん、ご自身の趣味や得意なこと、興味があること、何かしらあると思うのですが、そういったところから、我々がお話をお伺いして、事業に膨らませるために、壁打ちのディスカッションをしていきます。

特定のものが決まっていない、事業のアイデアになるかわからないけど…という方もたくさんいらっしゃいます。3つくらい、バラバラのアイデアを持ち込まれる方もいらっしゃいますね。そういった方たちと、新しい事業を共に作り上げていくお手伝いをするのが、私達の役目です。

そもそも創業に興味がない、興味があるけどまだ手元に何もない、という方たちに向けて、幅広く相談の裾野を広げ、ご参画していただくことで、創業人口をさらに増やしていきたいと考えています。

長く相談を続けていると、「知り合いが相談に乗ってもらったと聞いて」と、紹介で来てくださる方もいらっしゃいます。旦那さんのあとに、奥さんが、というように、夫婦で利用されたケースもありますね。

――相談員の方、気さくで話やすい方が多いと感じます

そうですね、我々は創業をもっと身近に感じてもらいたいと思っています。なるべく視野が狭くならないように、できるだけオープンに、広い視点で相談者がアドバイスを受けられるよう心がけています。「とりあえず興味があるから来てみました」、大歓迎ですよ。

――不安の大きな資金面の話も、相談できますか?

もちろんです。資金についても、金融機関からの融資だけではなく、今はクラウドファンディングなど、様々な選択肢があります。融資についてのリアルなお話なんかもできるかと思います。

セミナーも年間を通して多数企画しているので、ぜひイベント情報はSNSや当サイトからこまめにチェックしてみてください。

相談窓口のスケジュールは以下に掲載しています。

SSSコーディネーター常駐日カレンダー

信州スタートアップステーションウーマン(SSSW)の常駐日カレンダー

ご相談の際は、ご希望日時・場所、ご相談内容、お名前、ご住所(市町村まで)、ご希望の相談員(任意)等の情報をFBメッセンジャー ・メール(shinshuss@tohmatsu.co.jp) ・電話(070-4548-2758)よりご連絡ください。信州スタートアップステーションでお待ちしております!

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2025.3.10

地域と関わる起業。ハタケホットケ社の想い【SSSセミナーレポート】

2025.3.10

信州スタートアップステーション(SSS)では、長野での創業を考えている方や、支援機関の方向けのオンラインセミナーを定期的に開催しています。

2024度最後のセミナーでは、起業家と地域との関わりにフォーカスし、東京から長野県に移住され、地域の課題に対し地域のコミュニティとともに関わり、それをご自身の事業にされたハタケホットケの日吉有為(ひよし・ゆうい)氏にご登壇頂きました。

また、地域コミュニティからは塩尻市スナバの三枝大祐(さいぐさ・だいすけ)氏にもご登壇頂き、起業家と関わる地域の両面からお話を頂きました。セミナーの様子をレポートします。

【登壇者】

(株)ハタケホットケ 代表取締役 日吉 有為氏

シビック・イノベーション拠点スナバ 三枝 大祐氏

進行役:信州スタートアップステーション主任コーデイネーター

「草刈りが大変!」という自分のための課題解決が地域の課題解決へ

セミナー前半では、ハタケホットケ社の日吉氏より長野移住のきっかけや、創業の経緯と成長の軌跡についてお話がありました。

日吉氏は、コロナ禍中に東京から塩尻市に移住した友人がきっかけで、家族とともに塩尻に移住しました。日吉氏「移住のきっかけになった友人の友人が、家庭菜園でお米を作っている方で、『一緒に田んぼをやろうよ』と誘ってくれて。田んぼなんて見たこともないし入ったこともなかったので、『やりたい!』と何も知らないまま家族で参加したんです」

その田んぼは家庭菜園だったため、除草剤を使っておらず、日吉さんは夏場毎週田んぼに入って草刈りに通う経験をしました。その後、初めて自分が作ったお米を食べた日吉さんは、その感動により人生観が変わったと言います。

翌年も引き続き田んぼを続ける中で、草取りの大変さを感じた日吉氏は、ものづくりが好きな友人と一緒にラジコンを応用し除草をする方法を模索し始めました。試作を繰り返し、完成品を「ミズ二ゴール」と名付けます。

さらに、塩尻で交友関係を広げるため、塩尻の団体や活動について調べる中で、シビックイノベーション拠点「スナバ」を紹介された日吉氏は、塩尻市のソーシャルイノベーション拠点「スナバ」に通いはじめます。

さまざまなプログラムに参加する中で、本格的に「ミズ二ゴール」の開発と創業に向けて動き始めた日吉氏は、2021年には、長野県のソーシャルビジネス創業支援金を活用し株式会社ハタケホットケ社を共同創業。その後、ジャパンモビリティショーへの出展や、信州ベンチャーサミットへの挑戦、クラウドファンディングでの資金調達、エンジェル投資家からの出資など、着実に事業を拡大してきました。

日吉氏 「日本の農業には高齢化と後継者不足、有機栽培への移行が遅れているという大きな課題があります。そのどれにも、『草取りの大変さ』が共通しており、ソリューションがないから前に進めない。『ミズ二ゴール』には、それを解決できる可能性があるっていうことで本当にいろんなところから注目いただいて。最初のきっかけは『草取りをやりたくない』という自分たちの思いでしたが、それが農家さんの助けになり、地域課題の解決に繋がった。最終的には国全体の課題解決につながっていくかもしれません」

創業4年目となる現在は、水田除草だけでなく、ジャンボタニシ対策や獣害対策など、地域の農に関する課題を解決する事業にも取り組んでおり、日本の持続可能な農業の実現を目指しています。

地域の中で出会った課題感を、社会と繋げながら事業に落とし込む

セミナー後半では、そんな日吉氏の挑戦を伴走してきたスナバの三枝氏から、シビック・イノベーション拠点スナバの紹介や、共創による地域課題の解決についてお話がありました。

スナバには、150人近くの登録者がおり、集まる人たちは、起業家、フリーランス、地域おこし協力隊、会社経営者、会社員、アーティスト、行政職員、小中高生など、さまざまな職種、年代の人たちです。

三枝氏 「多かれ少なかれ、誰もが『こういう地域だったら生きていきたいよね』『地域に対してこういう課題や違和感を持っているとあんまり居心地良くないよね』という思いを持ってるはず。それを『誰かがやってくれるだろう』『行政がやるべき、自分は関係ない』ではなく、自分たちだからこそできることを、小さくてもいいから誰かと一緒にアクションを起こしていく」

スナバでは、そんな人が地域の中でどんどん現れ、地域全体の中でアクションや事業が生まれていくビジョンを掲げています。そういった動きを「シビック・イノベーション」と定義し、それを担う方がどんどん増えていくような環境を作りたいなというところをミッションのもと、さまざまなプログラムを行っています。

たとえば、日吉氏も実際に参加した「SBB(スナバ・ビジネスモデル・ブートキャンプ)」という短期プログラムには、「やりたいことがあるけど、どうしたらいいかわからない」という初期フェーズの方に向けたセッションから、創業計画書の作成など具体的な手法を学ぶセッションがあります。新しく事業を立ち上げる人が、なぜその事業をやるのか、誰のために、どんな課題をどう解決したいのか、という部分を整理して線で繋ぎ、事業に生かすにはどうしたらいいかを一緒に考えます。

三枝氏 「ハタケホットケ社の初動のように、何かやりたいことやできること、人の縁から事業の型を作っていきつつ、ある程度のところまで来たら、未来視点で『事業を通してどんな未来を見たいのとか』『どんなインパクトを作りたいのか」をちゃんと定義しながら、そのビジョンと現状とのギャップを定めて、必要なリソースを特定し、それを集めるような事業計画や、どんな成長スピードでどのぐらいの規模でやっていくか、自分たちが作っていく哲学を入れ込んだ財務収支計画を作ってかないと、事業の持続的な発展は望めません。そのための支援をするプログラムもスナバでは構築しています」

セミナーの最後には、参加者からの質疑応答が行われました。移住直後の生計の立て方や、「ミズ二ゴール」の具体的な機能、どんな人ならスナバに合うと思うか、などのフラットな質疑が交わされ、さらに理解を深める時間となりました。

地域の中で出会った課題を、社会と繋げながら事業に落とし込む。さらに、さまざまな人を巻き込みながら事業を進めていく。その結果、さらに人が集まり、資金が集まり、さらに事業の幅が広がっていく好循環を生み出せる。地域と関わる事業を実現するためのエッセンスが学べるセミナーとなりました。

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2025.3.10

「直して使う」を新たな常識に。長野発のスタートアップ「ナガク」が目指す世界【後編】先輩起業家インタビュー

2025.3.10

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。

「事業の発想というのは、その人のパーソナリティーや周りの環境に依存するものです。今はまだ首都圏にスタートアップが一極集中していますが、地域の多様な課題とスタートアップという経営手法が結びついたらもっと面白くなるんじゃないかという思いがあります」

そう語るのは、自身にとって3社目のスタートアップとなるナガク株式会社を長野県で立ち上げたカズワタベさん。2025年2月にリリースされた新サービス「ナガク」は、あらゆる物をリペア・リメイクするためのオンライン上のプラットフォームです。

インタビュー後編では、地方でスタートアップに挑戦する理由や、インターネットの世界に触れた原体験、今後の展望についてお聞きしました。

<お話を聞いた人>
代表取締役CEO カズワタベ(渡部一紀)さん

音楽大学卒業後、2010年にクリエイターの収益化プラットフォームサービスを開発するGrow株式会社を共同創業。2014年に釣り人向けコミュニティサービスなどを開発するウミーベ株式会社を創業し、2018年にクックパッド株式会社に買収され同社に参画。2020年より国内執行役員。2023年に独立し、ナガク株式会社を創業。

地域課題×スタートアップの可能性

――インタビュー前編では、長野での創業を選んだ経緯をお話いただきました。実際に長野で本格的に事業が動き始めた今、これまでとの変化を感じている部分はありますか?

自分はもともとそこまでトレンドを気にしないタイプなのですが、東京を離れてからはより関心が薄くなりましたね。

たとえば、最近はAI関連が流行っています。ただ、弊社でも積極的に事業に活用はしていますが、自分がAIスタートアップをやるイメージはありません。より生活に近いところの、普遍的なテーマに取り組むことに興味があるためです。

――自分のやりたいことに集中できる環境だと。

腰を据えてなにかに取り組むのにはいい環境ですし、移住者含め、そういった人たちが多い印象はあります。これは喩えですが、「今年来た服が来年着れない」みたいな空気はほとんどないですよね。

古い建物をリノベーションしたお店も多いですし、気に入ったものを手入れしながら大切に使ったり、使わなくなったものを誰かに譲って長く使う土壌があると感じています。ナガクのサービスの方向性が固まっていったのも、長野で暮らしていることから受けた影響が大きいかもしれません。

――流行との距離感を心地よく感じているのですね。

流行っているものでも、自分が本当に好きならいいと思うんです。でも、その中に身を置いていると、流されてしまうこともある。適度な距離で、影響を受けすぎないようにするには長野はいい環境ですね。

インターネットの力で世界が広がった原体験

ナガクのサービスでも、インターネットを通じて全国各地のプロとつながることができる

――カズさんが、首都圏以外でスタートアップとしてインターネットに関する事業を立ち上げ続けているのはどうしてなのでしょうか。

山形で過ごした中学生時代の原体験が根底にある気がします。当時はまだインターネットが普及しておらず、情報源は親や先生、テレビのニュースくらいしかありませんでした。東京のことも、「渋谷にギャルがたくさんいる」くらいの認識だったんです。

でも、インターネットに繋がった瞬間、東京の大学生や社会人と掲示板やチャットでやり取りができるようになって、山形にいながらも都市部の生の情報が入ってきた。それまでは、家や学校の周辺が世界のほとんどでしたが、インターネットを通じてリアルタイムで情報を得られるようになった瞬間、その認識が一変したんです。

さらに、それまでは専門知識を得ようと思ったら、図書館に行って専門書を借りないといけなかったのに、ネットで検索をすれば国内どころか海外の情報も手に入るようになりました。インターネットがあれば、物理的な距離を超えてさまざまなものにつながることができる。その変化は自分にとってはあまりに衝撃でした。

――インターネットによって世界が広がった経験が、今の事業にもつながっているのですね

今では想像がつかないと思いますが、自分が中高生の頃は「インターネットをやっている」と学校でいいづらい空気がありました。でも、大学生の頃にmixiがリリースされたことで雰囲気が一変しました。mixiが一気に普及して、インターネットにアクセスするのが当たり前になったんです。

今でも、大学の昼休みにパソコン室に行ったらほとんど全員がmixiを開いていた光景を覚えています。ちょうどその時期に、自分はHTMLやCSSを触り始めてウェブサイトを作っていたので、「自分でもこんなサービスを作れるのかな?」と考え始めたんです。

一社目を創業した仲間もインターネットを通じて知り合った人たちでしたし、当時からずっと、インターネットの力で人と人をつなげたり、情報を整理して広く届けるというサービスを作り続けています。

東京、福岡を経て、幼少期を過ごした長野での創業へ

――改めて、今後の展望を教えてください。

ナガクのサービスは、リペアの依頼を受ける人と依頼するユーザーが増えることが事業を成長させる上で最も重要です。まずはどんどんユーザーの総数を増やして、最終的には誰かが何かを「直したい」と思ったら、それが何であれ直せる人が見つかるサービスに育てていきたいと思っています。

とはいえ、今はサービスをリリースしたばかりなので、継続的に使ってくれるよう、よりよい機能の開発を頑張っていきたいですね。

―― 最後に、長野で起業を考えている人に向けてメッセージをお願いします。

いざ創業するとなると「リスクがあるんじゃないか」「難しいんじゃないか」「失敗しちゃうんじゃないか」と考えこんでしまうと思います。でも、実際にまずはやってみないと学べないことがすごくたくさんあるんですよ。だから、いつも「創業してみたい」と相談を受けたら、全員に「明日法務局に行け」と言っています。

創業というのは、就職と違って面接があるわけでもないし審査があるわけでもない。法務局に行って書類を納めれば、創業自体は誰でもできる。自分も一社目を創業した頃は、ビジネスについては何もわからない状態で走り出して、事業を育てていく中で知識や経験を身に着けていきました。だから、「興味があるならとりあえずやっちゃえば?」という気持ちが強いですね。

それから、信頼できる大人を見つけることですね。ちゃんとした先輩に相談ができるというのはすごく大事だと思います。長野でスタートアップを立ち上げてみたいという人や、資金調達について勉強したいという人がいたら、自分でよければ相談に乗りますから声をかけてください。

――地域にカズさんのように頼れる創業者の先輩がいるというのは心強いですね。

スタートアップというのは、よく雪だるまに例えられるんです。誰かが創業してうまくいくと、周りが影響を受けて創業したり、今度は創業者が投資側にもなれたりと、人材とお金が雪だるまのように転がるごとに大きくなっていく。

自分が東京で一社目を創業した時は、身の回りに上場企業の創業者の人たちがたくさんいて、飲みながら雑談レベルでいろいろ教えてもらっていました。長野は一転がし目をどうやったらできるかな、という段階だと思います。

事業の発想というのは、その人のパーソナリティーや周りの環境に依存します。地域の多様な課題や資源と、スタートアップという経営手法が結びついたらもっと面白くなるんじゃないかと思うんです。

ナガクの事業がうまくいったら、今後は自分が長野でスタートアップの雪だるまが大きくなるようなアクションをしていきたいと思っています。

ナガクのホームページ

カズワタベさんのホームページ

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2025.3.7

【SSWコラム】自分のビジネスにキャッチコピーを

主催:SSSW
募集期間:2025/03/06〜2025/03/31
2025.3.7
イベント/セミナー/研修を探している とりあえず事業の相談がしたい 資金調達(補助金/助成金)を検討している

県内全エリア

昨年の春から、私は大学のキャリアセンターで週に1回、キャリアアドバイザーをしています。そこでは、「やりたい仕事が見つからない」「就活の進め方がわからない」といった進路相談から、模擬面接やエントリーシートの書き方まで、さまざまな相談に対応しています。

面接は、自分自身のプレゼンテーションの場です。自身の強みや経験を簡潔にアピールし、それを志望理由へとつなげることが求められます。その際に必要なのは、一貫性です。借り物の言葉ではなく、自分の内面から出てくる言葉で語ることで、表現が洗練されていなくても、想いは相手に伝わります。

そんな中、ある県内企業のエントリーシートの設問に感銘を受けました。それは、

「あなたのキャッチフレーズをご記入ください。(20文字以内)」

というもの。

一般的なエントリーシートには「自己PR」という項目がありますが、多くの学生(さらには社会人も含め)にとって、自分の強みを言語化するのは難しい作業で、結果として「主体性」「協調性」「計画性」などのビッグワードが並びがちです。これでは「自己PR」といいながら逆に「自分らしさ」が伝わりにくくなってしまいます。

一方、「キャッチフレーズ」ならば、「他と違う自分の個性」を表現しようとする意識が働きます。

良いキャッチフレーズとは?

キャッチフレーズやコピーにはさまざまな定義がありますが、よく挙げられるポイントは以下の通りです。

簡潔であること

言葉とイメージに一貫性があること

感情に訴求すること

意外性があること

(ちなみに、私の本業は広告代理店の企画職です。一応…)

売りたいもの、知ってもらいたいもの(就活の場合は自分自身ですね)には、キャッチフレーズをつくる。これは当たり前のようでいて、実は強力な武器になります。

【ビジネスにおけるキャッチコピーの重要性】

自分で事業を立ち上げる場合、サービスや商品をターゲットとなる多くの人々に知ってもらうためには「伝える」工夫が必要です。チラシを作ったり、SNSを活用したりといった手法(HOW)に意識が向きがちですが、最も大切なのは、そのサービスや商品の強みや個性、想い(WHY)を簡潔に言葉で表現することです。

事業がスタートする前も、始まった後も、「私のサービス・商品はこういうものです」と何百回、何千回と語る機会があります。その言葉が洗練されていればいるほど、相手に伝わりやすくなります。

プロのコピーライターに依頼するのも一つの方法ですが、商品の生みの親である自分自身が考え抜き、言葉を磨いていく過程には多くの気付きがあります。そのプロセスの中で、メンターに相談しながら壁打ちするのもおすすめです。自分では気づかなかった魅力や特徴が見つかるかもしれません。

ぜひ、みなさんも 自分自身のキャッチコピー、そしてビジネスのキャッチコピーを考えてみてください!

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2025.3.10

「直して使う」を新たな常識に。長野発のスタートアップ「ナガク」が目指す世界【前編】先輩起業家インタビュー

2025.3.10

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。

「作りたいプロダクトやサービスを思いついた場合、一人でやれることであれば、自分の貯金を使って小さく始めればいいわけです。しかし、サービスをより早く世の中に広めるためには当然チームでやる必要が出てきますし、それだけの資金も必要になります。自分たちの目指す世界を実現するためには、スタートアップという形で先行投資※1をして、まずはサービスを急激に成長させていく必要があったんです」

そう語るのは、自身にとって三社目のスタートアップとなるナガク株式会社を長野県で立ち上げたカズワタベさん。2025年2月にリリースされた新サービス「ナガク」は、あらゆる物をリペア・リメイクするためのオンライン上のプラットフォームです。

インタビュー前編では、リペア・リメイクを軸としたビジネスの着想を得たきっかけや、三度目の創業に対する意識についてお聞きしました。

<お話を聞いた人>
代表取締役CEO カズワタベ(渡部一紀)さん

音楽大学卒業後、2010年にクリエイターの収益化プラットフォームサービスを開発するGrow株式会社を共同創業。2014年に釣り人向けコミュニティサービスなどを開発するウミーベ株式会社を創業し、2018年にクックパッド株式会社に買収され同社に参画。2020年より国内執行役員。2023年に独立し、ナガク株式会社を創業。

誰もが自然とリペア・リメイクを選ぶ世の中に

――まずは、ナガク株式会社の事業概要について教えてください。

ナガク株式会社は、長野市で2024年の8月に創業した、モノが長く使われる社会の実現を目指すスタートアップ企業です。創業後、メンバー集めや開発を進め、2025年2月20日にリペア・リメイクの事例やプロを探し、オンラインで相談・依頼ができるプラットフォームサービスの「ナガク」をリリースしました。

すでに家具、器(金継ぎ)、ジュエリー、スニーカー、革製品、衣類など幅広いカテゴリのプロが登録していて、依頼の受け付けを開始しています。プラットフォーム上で紹介されている事例には、リペア前後の写真に加えて、費用や制作期間も掲載されているため、詳細な情報から依頼を検討することが可能です。

また、そういった文化の啓蒙を目的に、モノを長く使うカルチャーを発信するウェブマガジン「NAGAKU Magazine」も運営しています。

――修理やリペアに着目したのはどうしてですか?

2021年頃から、友人と一緒にDIYで古民家をリノベーションするプロジェクトを始めたことが大きなきっかけです。シンプルに「何かを直すって面白いな」と感じましたし、世の中に「古いものを直す」という選択肢を増やすことは、ビジネスにも繋がりそうだという感覚がありました。

改修中の古民家の様子(BEFORE)
フローリングを張り替えるなど、すべてDIYで改修を行った(AFTER)

壊れて使えなくなったり、トレンドが変わったりして古臭くなってしまったものでも、リペアやリメイクをすれば新品で買うよりも安く高品質になる場合があります。それなのに、直すための手段が手軽に見つからないことから、まだまだ長く使うことができるものが捨てられてしまっているのはもったいないなと。

自分はもともと音楽をやっていて楽器に触れていたので、ヴィンテージのように古いものの価値が高いという価値観が身近だったことも大きかったかもしれません。

――古いものの価値と可能性を改めて見つめなおしたと。

これからの時代、原材料調達や製造コストの関係で、ますます新品の価格が高騰し、昔のようにいい材料を使うことは難しくなっていきます。そうすると、人々がもっと「モノを長く使う」ように変化せざるを得ないと思うんです。

その中で、ものを直すことの価値は高まっていくはずですが、「誰が」「何を」「どのように」「どのくらいの費用・期間で」直せるのかという情報が網羅されたプラットフォームサービスが存在していない。なので、それを作ろうと思ったんです。

――たしかに、何かを修理したいと思ってもどこに相談したらいいかわからず結局捨ててしまうという経験は身に覚えがあります。

これだけインターネットが普及して、いろんなジャンルのサービスが出てきた現代でも、そういったサービスがないのは不思議なくらいですよね。

ナガクはまだまだ始まったばかりのサービスですが、飲食店を探すなら「食べログ」、宿泊なら「Airbnb」、ものを売買するなら「メルカリ」のように、「ものを直すならナガク」と真っ先に想起されるようなサービスに育てていきたいです。

新しく買うより、良いものを長く使う方が得だし、体験としても優れているからリペアをする。そうやって誰もが自然とリペアを選ぶような仕組みをつくることを目指しています。

東京、福岡を経て、幼少期を過ごした長野での創業へ

インタビューを行ったのは、長野市にある古道具屋、カフェやコワーキングのある複合施設「R-DEPOT」

――一社目を東京で創業されたカズさんが、地方に目を向けるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

当時、自分は18歳で東京に出て以来ずっと東京に住んでいました。ただ、東京という都市は、世界でも特殊な存在なんですよね。たとえば、新宿駅の乗降者数は世界一で、駅の乗降者数ランキングのトップ10はほぼ日本の駅が占めていますし、都市圏の人口は世界一です。それほど特異な環境にもかかわらず、住んでいるとそれを「普通」だと感じてしまう。

それに気づいたとき、「東京しか知らないのは嫌だなあ」と思ったんです。そこで、2013年に福岡へ移住し、新たな事業を立ち上げました。そこで福岡を選んだのは、単純に福岡のまちが気に入ったからですが、東京に住んでいては見つけづらい課題を解決したいとも考えていました。

福岡で起業したときは、半年ほどで福岡にあるだいたいのメディアに取り上げられたんです。地方発のスタートアップはまだまだ希少性がありましたね。

二社目に福岡で立ち上げた「ウミ―ベ株式会社」は、文字通り海の真正面にオフィスを構えた

――今回、創業にあたって本拠地に長野を選んだのはどうしてですか?

自分はもともと転勤族の家庭で育ち、松本で生まれたあと、幼少期の3年半ほどを長野市で過ごしており、長野にはなじみがありました。福岡に住んでいた頃に東京で出会った友人が、長野で自分のお店を開いたと聞いて久しぶりに長野を訪れたんです。

お店の周りを案内される中で、どこか懐かしい雰囲気を感じて、Googleマップで調べたら「ここ、通学路だった!」と気がついて。当時の長野は、門前エリアのリノベーションが進み、おしゃれなお店が増えていて、自分の幼少期の頃とは大きく変わっていました。新幹線も開通していて東京へのアクセスも良かったですし、「ここなら住めるな」と直感的に思ったんです。

そこで知り合った友人から、親戚の古民家が空き家になっているという話を聞き、月に数回長野に通って古民家のリノベーションを始めました。

――ナガクのサービスを着想するきっかけとなったプロジェクトですね。

現在カズさんが長野で拠点としている、ワークスペースとしても使えるコミュニティスペース「MADO」には、同じく首都圏からの移住者が多く集まる

決定打になったのはコロナですね。出社頻度が大幅に減り、東京にいる理由がほとんどなくなったんです。もともと東京にずっと住むつもりはなかったし、過去には福岡に移住して会社を立ち上げた経験もあります。「またどこかに移るだろうな」と漠然と考えていた中で、長野という選択肢が自然と浮上しました。何度も足を運ぶうちに、長野に知り合いが増え、街の雰囲気やコミュニティにも馴染んできたのも大きかったですね。

しばらくはリモート勤務をしつつ週に一度出社をする生活を続けましたが、前職を退職するタイミングでかねてからアイデアを温めていたナガクのサービスを形にすることを選びました。

ナガクの本社は長野にありますが、長野にいるのはCEOである自分だけで、フルリモートで開発しています。その上で事業はできるだけ早く、大きくしていこうと考えています。インターネット企業だからこその事業運営をしていきたいですね。

ミュージシャンから連続起業家へ

――カズさんはこれまで三社のスタートアップを立ち上げていますが、一社目を立ち上げた頃から起業に対する抵抗はなかったのでしょうか?

自分はもともと音大出身で、大学卒業後はミュージシャンとして活動していました。ですから、ほかの人よりも起業に対するハードルは低かったと思います。

――と、いうと?

バンド活動というのは、自分で事業を運営するのと同じなんですよ。自分たちの曲を作って、ライブの日程を組んで、PRをして、お客さんを集め、CDやグッズを作って売る。すべて自分たちでやる必要がありますし、どうやったら利益を出せるかを考えながら、お金の管理をしないといけない。学生の頃からそういう経験を積んでいましたし、一般的な社会人のようにせっかく入社した会社を辞めるということもなかったので、「事業を始める」ということに対する心理的な壁はなかったですね。

――なるほど。音楽活動での経験がそのまま創業につながったと。

バンドを解散するタイミングで、このまま音楽を続けるのか、何か別のビジネスを始めてみるかを考えました。その頃、Twitterで仲良くなった人たちと構想を練っていたプロジェクトがあったので、「これで起業してみよう」と決めたのが一社目です。

当時の東京を中心としたインターネット業界は、同様に起業する同世代が多い環境だったこともあり、「とりあえずやってみよう」と思えたことも大きいと思います。当時はまだ「スタートアップ」という言葉が今ほど一般的ではなかったですね。

――実際に自分で創業してみた体感はいかがでしたか?

よく「スタートアップは崖から落ちながら飛行機を組み立てるようなもの」と言われますが、本当にその通りだと思います。当然、最初からすべてが計画通りに進むわけではなく、むしろ想定外のことが次々と起こるのが普通です。一つの会社を立ち上げたら「もうやりたくない」という創業者も多い。

ですが、自分は今でも起業に対してそんなにネガティブな気持ちはないんですよ。二回目に起業した会社がクックパッドに買収されて、後々執行役員になったときも「また起業するんだろうな」と自然に思っていました。

――それはどんな感覚なのでしょうか。

自分にとって、起業は特別なことではなく、新しいことを始める手段の一つなんです。もちろん大変なことも多いですが、それ以上に「起業してでもやりたいことがあるなら、やるしかない」という気持ちが強いんです。

作りたいプロダクトやサービスを思いついた場合、一人でやれることであれば、自分の貯金を使って小さく始めればいいわけです。しかし、今回は「世の中の物の直される総量」を最大化するという目標があり、サービスを世の中に広める必要があります。そうすると、当然チームでやる必要が出てきますし、それだけの資金も必要になります。

ナガクの場合、自分たちの目指す世界を実現するためには、スタートアップという形で先行投資※1をして、まずはサービスを急激に成長させていく必要があったんです。

※1 ナガク株式会社は約1.4億円の資金調達を行っており、投資企業の中には、長野の創業及び事業承継を支援する信州SSファンドも含まれています。

インタビュー後編では、地方でスタートアップに挑戦する理由や、インターネットの世界に触れた原体験、今後の展望についてお聞きしました。

ナガクのホームページ

カズワタベさんのホームページ

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2025.2.26

【SSWコラム】女性起業家たちの創業後の次のステージへ向けて〜フリーランス女子のコミュニティ Solo Pro+++(ソロプロ)〜

主催:SSSW
募集期間:2025/02/25〜2025/03/31
2025.2.26
イベント/セミナー/研修を探している とりあえず事業の相談がしたい

県内全エリア

創業して事業の流れは作れたものの、激動の時代において世の中の流れは常に変化し、求められるものもアップデートされていきます。一人で事業をやっていく覚悟はちゃんとここにあるけれど、「このままで大丈夫か」との不安は常につきまといます。もっと良いサービスにしたい、もっと自分自身をスキルアップさせたいという成長意欲はあるものの、誰に相談すればよいのかわかりません。相談まではいかなくても、最近考えていることを気軽に話せる場がほしいと感じることもあるでしょう。

事業のことや自分自身のことを、一人で考え行動するには限界があります。だからこそ、気軽に話し合いながら、それぞれの経験を共有し、成功事例や失敗事例から学び合える場が求められています。
こうした想いから、女性起業家5人が「Solo Pro+++」(ソロプロ)という、新しい学び合い・支え合い・応援し合えるコミュニティを立ち上げました。

ただ話してスッキリすることもあれば、お互いのビジネスについて真剣にアイデアを出し合うこともあります。目の前の目標に向けて短期的なスケジュールは立てやすいですが、長期的な目標を定め、そこから細かくブレイクダウンして行動に落とし込むのは一人ではなかなか難しいものです。だからこそ、3年後、5年後、10年後のビジョンを描き、それにつながる目標やタスク、スケジュール、戦略、ライフワークそのものを、経験者同士の対話を通じて見つめ、考え、築いていくことができます。

営業的な売り込みを目的としない異業種間の交流だからこそ、新たな知恵が生まれ、思いがけないコラボレーションの可能性も広がっていきます。こうしたつながりが、未来に向けた新たなステージへ進む力となるのです。

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2025.2.17

長野で湧き出すインスピレーション。人生を丸ごと仕事にするデザイナーの働き方【後編】先輩起業家インタビュー

2025.2.17

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。

「『現状維持はゆるやかな腐敗』だと思っているので、とにかく常に変化していきたいです。その点、長野はそれができる環境だと思うんです。日々暮らしているだけで、誰かと話したいアイディアや、やりたいことがどんどん出てくる」

そう語るのは、長野県長野市を拠点にデザイナーとして活躍する森康平(もり・こうへい)さん。関東の企業でデザイン制作の実務経験を積み、独立と同時に家族で長野県に移住した森さんは、大手スポーツメーカーの新作のキービジュアル、自治体の観光PRや飲食店のロゴ作成から、地域の老舗企業のリブランディングなど幅広いデザイン制作を手がけています。2024年には、デザイナー仲間とデザイン事務所兼ポスターショップ「POPPHA」をオープン。デザインの枠に囚われない事業展開を目指します。

インタビュー後編では、長野での独立に向けた動きや、移住後の変化、今後の展望についてお聞きしました。

<お話を聞いた人>
VINash Desigh 代表・森康平さん

1991年 東京都板橋区生まれ。埼玉育ち。インド沈没。2021年末から長野在住。WEB/グラフィックのデザインを中心に家族のためにゴリゴリ働くパワーデザイナー。

長野のコミュニティでクリエイターの仲間が出来た

――インタビュー前編では、デザイナーになった経緯や長野移住を決めた理由をお聞きしました。具体的には、独立に向けてどのようなステップを踏んだのでしょうか。

ランサーズやクラウドワークスなどに登録して片っ端から案件を探しました。それから、意外と効果があったのが転職サイトの求人です。デザイナーの募集を探しては応募をして、面接の中で「実は独立を考えていて。スポット的に業務委託のお仕事があればいただけせんか?」と営業をかけたんですよ。

そうしたら、本当にそのうちの5社くらいが「チラシの作成を一件だけお願いしたいんですが」と単発の依頼をくれるようになって。仕事には困らなそうだぞ、と手ごたえが得られました。そこで、娘が一歳になるタイミングで会社を辞めて長野に移住し、フリーランスのデザイナーとして独立した形です。

――本格的に移住を検討し始める前から、独立に向けた地盤はすでに固めてあったのですね。

妻の彩葉さんは、シルバージュエリー職人として自身のブランド「VINash Jewelry」を営む。家族揃って県内外のイベント出店に赴くことも

とはいえ、もちろん最初は不安でしたよ。長野に来てからは、独立前よりさらに必死こいて仕事をしていましたね。自分は、インドを旅した経験から「一日100円生活でも死なない」と思っていましたし、妻も妻で「大丈夫でしょ!」とポジティブに構えていましたが、まだ一歳の娘を食わせて育てていかないといけないという責任感がありました。

――移住後、長野での仕事はどのように増えていきましたか?

妻の地元とはいえ、最初はほとんど友人も知人もいないまったくのゼロからのスタートでしたが、妻の友人が長野市の「MADO」という場所でコミュニティーオーガナイザーをしていて。移住直後にそこに所属できたことが大きかったと思います。そこで出会った人たちがきっかけで県内の仕事も増えてきたし、クリエイター同士のつながりも増えました。

――関東にいたころは、クリエイター職の同業者との関わりはありましたか?

株式会社Huuuuという編集の会社が運営しているMADOは、仕事場としても利用できるコミュニティースペース(写真提供:西優紀美)

関東の会社でデザインの仕事をしていた頃は、クリエイター職どころかデザイナーの友人や知り合いが一人もいなかったんですよ。長野に来てからは、「これどうやって作ったの?」とか、「どこからインスピレーションをもらったの?」とか、いいアイディアが浮かぶお散歩ルートを教えてもらうなど、同業者と意見交換が出来るのが新鮮ですね。

やり尽くされていない余白に面白みがある

長野で出来た友人が営む「KAI COFFEE」のグラフィックを担当

――ほかにも、長野に来てから仕事の面での変化はありましたか?

長野に来たばかりの頃、ちょっと不思議だったことが一つあって。長野の人たちって、いわゆる「ゆるふわ」なデザインが好きな気がするんです。手書き風のフォントだったり、ラフな線画のイラストだったり。もちろんそういうデザインもすごく素敵なんですが、おれはグラフィック的なデザインが好きなので、「こういうのどうですか?」という気持ちで提案をしてみると、「これもいいね」と結構受け入れてもらえて。

――自分のスタイルを提案する余白があると。

2024年の8月に長野市で行われたNAGANO CULTURE FESTAでは、デザインやチラシ、クーポン冊子のデザインなどトータルブランディングを担当

そうそう。長野はまだやり尽くされていない感じが好きですね。可能性があるというか。

都会だと、やり尽くされたうえで「もっと新しいものを」「もっとバズるものを」という方向になるんですが、長野ではまっさらなところから提案ができる。

――もともと在宅でお仕事をされており、「MADO」も仕事場として利用されていたところから、事務所兼ポスターショップ「POPPHA」を構えたのはどうしてですか?

バックパッカーをしていた頃から、自分の居場所が欲しかったんです。今でも旅人気質な部分があるので、いろいろなところに行きたくなるんですが、居場所が一つあればどこへ行ってもまたそこへ帰っていける。セーブポイントみたいな感じかな。だから、ゆくゆくは国内外問わずいろんな拠点を作りたいと思っています。その第一歩として、まずは長野で始めてみようかと。

ただの事務所ではなくポスターショップという形にしたのは、好きなものを好きに作りたくなってきたからです。クライアントワークばかりしていると段々「俺って何が好きなんだっけ?」と自分がわからなくなってくるんですよ。「こういうものを作りたい」と思っても、先方の要望と合わずに形にできないことも多い。でも、自分で発信する場が一つあれば、仕事をする中で積み重ねてきた「作りたい!」という欲を発散できるなと。

――なるほど、ここに落ち着くためではなく、いろいろな場所にいくために拠点を持つということですね。

取材中も、長野のデザイナー仲間がふらりと「POPPHA」を訪れ、お互いのポスターを交換しあっていた

それから、やっぱり一番は娘のためですね。俺の居場所があればあるほど、娘にもいろいろな選択肢を提供できるし、そこに集まる仲間たちとも出会える。自分の娘に限らず、子供たちのためにも居場所をたくさん作れば、「こっちが駄目でもこっちがある」と、より良い未来に向かっていくんじゃないかな。

家族や仲間を巻き込んで、常に変化し続けたい

――今後挑戦してみたいことや、展望について教えてください。

今はアートに興味があります。今はまだポスターだけですが、2次元にとどまらなくてもいいのかなと。もっと自分の作品を増やしていきたいですね。それから、居場所づくりをしたいし、宿の事業もやってみたい。自分にとって居心地の良い場所をたくさんつくっていきたいです。

「現状維持はゆるやかな腐敗」だと思っているので、とにかく常に変化していきたいです。その点、長野はそれができる環境だと思うんです。日々暮らしているだけで、誰かと話したいアイディアや、やりたいことがどんどん出てくるというか。法人化して一年が経ち、これからは売り上げを立てつつもどんどんやりたいことをやれる段階に入っていくと思います。家族や仕事仲間、友達を巻き込んで、いろいろ新しいことを企みたいですね。

――最後に、長野での起業を考えている人へのメッセージをお願いします。

やりたいことで食えるようになるって、意外ときつい。「本当にやりたいこと」と、「他の人から求められること」が一致するとは限らないし、やりたいことで食えるようになるためには、お金と時間と労力への投資が必要です。だからおれは、とりあえず食えることから始めるのもいいと思っています。

おれも、肉体労働をしていた時やレジャーホテルのデザインをしていた時は「何やってんだろ」と思ってしまう瞬間もありました。でも、「やりたいこと」と180度違う経験だって、「そういえば、あの時のあれが今ここで活きてるのか」とあとから気づく時があるはず。

だから、まずは今の自分に出来ることでお金を作るところから。お金ができてくると時間が生まれて、時間が生まれると労力を割ける。苦労しろと言いたいわけではないですが、徐々にシフトしていくというやり方もあります。たとえば、おれが今しているデザインの仕事は、自分が見たものや経験したことがそのまま仕事に落とし込めると思うんですよ。旅をしてきた自分、ピザを焼いていた自分、肉体労働をした自分と、いろんな自分がいて、点がたくさんあるからこそ、その分だけ面が広くなる。無駄なことは何一つないはずです。

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