研究成果を社会へ還元。信州大学発スタートアップが切り拓く未来【後編】

長野県で今、大学発スタートアップが次々と生まれています。髪の毛の何万分の1という超微細技術から、急成長を遂げるAIベンチャーまで。東京へのアクセスと豊かな住環境を両立できる長野だからこそ生まれる、新しいビジネスの形があります
信州大学は、2018年に知的財産・ベンチャー支援室ベンチャー支援グループを立ち上げて以降、大学の研究成果やその他の活動成果をもとにした「信州大学発スタートアップ」の創出や成長を支援しています。
今回は、そんな信州大学でスタートアップ支援を担当する特任教授の角田哲啓(つのだ・あきひろ)さんに、スタートアップ支援に感じる面白みや、大学発スタートアップならではの魅力と課題、長野で起業することのメリットやデメリット、そして起業を考えている方へのメッセージを聞きました。
<お話を聞いた人>
信州大学 学術研究・産学官連携推進機構 特任教授 角田哲啓(つのだ・あきひろ)さん
東京理科大学工学部卒。経済産業省関東経済産業局及びNEDOにて研究開発や中小企業支援関係の業務を担当。2016年6月から信州大学学術研究・産学官連携推進機構にて、大学の研究成果の事業化支援や大学発ベンチャーの創出・成長支援等を担当。Inland Japan Innovation Ecosystem(IJIE)プログラム共同代表者・事務局長。
チャレンジする人を後押しする。刺激に満ちたスタートアップ支援の世界
――インタビュー前半では、信州大学発のスタートアップ支援の仕組みについてお聞きしました。改めて、信州大学発スタートアップの魅力とそのポテンシャルについて感じていることを教えて下さい。
しっかりとした技術や研究の裏付けがあるところは、信州大学発ベンチャーの魅力というか価値の一つなのかなと思っています。
全部が全部そうだったわけではないのですが、大学の研究成果をもとに起業している案件が多いので、「なんとなく面白そうじゃないかな」というアイデアベースで起業したものと違って、やっぱり5年・10年と長年研究してきた成果をもとに起業しているものが多いです。
――研究の蓄積があるからこその強みですね。逆に課題もあるのでしょうか?
魅力である一方で、そこがウィークポイントになってしまう部分もあって。どうしてもシーズプッシュになってしまい、そのシーズに縛られてなかなか社会課題を捉えきれてないところがあったりします。
研究自体は社会課題解決を目指してやっているものなので、その事業化においても社会課題の解決につながっているはずなのですが、世の中の時流を捉えてというか、ビジネスにつながるようなペインにきちんと刺さってないようなところも若干ありますね。
技術がしっかりしていて面白い研究をし、面白い製品を作ってるんだけど、なかなかブレークしきれてないところが多いなというのが今感じている課題です。
――角田さんは元々中小企業の支援などもされていたところから、信州大学でスタートアップの支援に携わるようになり、現在も長野にとどまって支援を続けられています。どういうところに面白みを感じているのでしょうか。
スタートアップの仕事は、日々新しい出会いや気づきがすごく多いんです。今まで関わりがなかった世界の方々といろいろ接する中で、たくさんの刺激を受けています。
役所の中にいたらなかなか感じられないような刺激的なところもあったりして、そういうところに感化された部分もあるのかなと思います。
自分もそういう世界に少しでも近いところに身を置いて、今までの自分のキャリアやスキルを少しでも役立てながらチャレンジしている人の後押しを、サポートできたらいいなと思ってお手伝いさせてもらっています。
まずは「やめさせる」ことから。本気度を確かめる起業相談
――実際に起業を考えている人とお話する上で意識していることや、大事にしてることは何かありますか。
まずは止めることですかね。
――止める、ですか?
はい。ぱっと思いついたアイディアだけでは、なかなかうまくいかないと思っているので、まずは起業することを止めてみます。それでもやりたいというぐらいの強い思いがないと、うまくいかないかなと思っています。
大学の中のルールもあるので、きちんとルールを知ってもらった上で、こんなに難しい面倒くさいことがあるよということはちゃんとお伝えした上で、進めてもらっています。
――本気度を確かめるということですね。
「それでもやりたい!」という方に対しては、「どういうビジネスですか?」というところからお話をお聞きした上で、それぞれに応じたアドバイスをさせていただきます。
大学発のスタートアップはどうしても自分の技術が優れているものだから、「きちんと優れたものを作れば、世の中は受け入れてくれるんじゃないか」と思ってしまっていることが多いんです。「そうじゃないんだよ、市場に本当に合っているの?」と気づいてもらうのが結構大事なところかなと思っています。
どうしてもシーズドリブンになりがちなところを、きちんと社会課題や市場のニーズを捉えた事業計画となっているのかをチェックしていただくのが大事なのかなと思っています。そういった面はなかなか自分たちだけでは支援しきれないので、きちんと外部の専門家の方を必要に応じてお繋ぎするなど、外の人の声を聞いていただくことも大事にしています。
東京が近い。自然が豊か。長野で起業する優位性
――長野で創業するということに対して感じているメリットやデメリットはありますか?
まず、地方でありながら意外と東京が近いというのは大きなメリットだと思います。本人に意欲があれば、東京の起業家コミュニティに週1ぐらいで参加することは可能です。そういう意味では、他の地方よりも有利なところにいるんじゃないかなと思っています。
また、ものづくり系の企業などの場合、長野の方が首都圏よりも広い場所を見つけやすく賃料も安価なので、初期費用を抑えて事業を始めやすいんじゃないかと思います。
普段生活する生活の質は、やっぱり長野の方が高いなとも感じます。日々の周りに見える景色や空気もそうだし、食べるものもそうだし、住宅などのコストも含めて、住環境はいいですよね。
――これからの長野でのスタートアップ支援に対する展望や、期待していることを教えて下さい。
大学に期待されているところは、アントレプレナーシップ教育の部分かなと思っています。
まずは信州大学としてそういった取り組みをどんどん充実させて、起業に関心を持つ方を広げていきたいです。
――起業に関心を持つ人を増やすことが、まず第一歩なのですね。
起業に関心を持っていただくことはもちろんですが、もうちょっと広い意味でのアントレプレナーシップというか、課題解決に取り組むようなマインドセットの部分かもしれないですね。起業家マインドを醸成していくための教育やプログラムを、大学としても充実させていきたいです。
例えば、小中学生の総合的な学習の時間で、地域の起業家の方やスタートアップの経営者と子ども達が触れ合う機会を作れたら、そういった方々に憧れて、将来創業を目指していく人が増えていくのではないかと期待しています。
現状はアクセラレーションプログラムのような起業に関心を持った方がスキルアップするための講座が結構多いかなと思うのですが、まずはその入口に立ってもらう前段階で幅広い層にリーチできるようなプログラムも企画していけたら面白いかなと思っています。
もちろん大学の中でも、ちゃんとスキルアップしていくような授業もやっていきますが、その手前の入口に立つところで尻込みしてしまっている方も多いかなと思うので、まずは起業のハードルを低くするような、起業に関心をもってもらうような取り組みをしていきたいなと思っています。
――最後に、これから長野での創業を考えている方へメッセージをお願いします。
もし今、起業を考えている人がいたら、他にもいろいろな地域がある中で、ぜひ長野を選んで欲しいなと思います。住環境もよくて過ごしやすいですし、コミュニティに一歩踏み込むといろんな方の顔が見えてきます。幅広い業界や世代の方がかわるがわる応援してくれて、いろいろと支援してくれるんじゃないかなと思います。
まずは気軽に相談していただきたい。私たち信州大学や、信州スタートアップステーション(SSS)など、いろいろな支援機関がありますので、ぜひ一度お話を聞かせてください。
信州大学 学術研究・産学官連携推進機構
https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/ccr
<SSSの個別相談受付>
メールでのご連絡 shinshuss@tohmatsu.co.jp
研究成果を社会へ還元。信州大学発スタートアップが切り拓く未来【前編】

長野県で今、大学発スタートアップが次々と生まれています。髪の毛の何万分の1という超微細技術から、急成長を遂げるAIベンチャーまで。東京へのアクセスと豊かな住環境を両立できる長野だからこそ生まれる、新しいビジネスの形があります
信州大学は、2018年に知的財産・ベンチャー支援室ベンチャー支援グループを立ち上げて以降、大学の研究成果やその他の活動成果をもとにした「信州大学発スタートアップ」の創出や成長を支援しています。
今回は、そんな信州大学でスタートアップ支援を担当する特任教授の角田哲啓(つのだ・あきひろ)さんに、信州大学発スタートアップの支援体制、具体的な事例についてお聞きしました。
<お話を聞いた人>
信州大学 学術研究・産学官連携推進機構 特任教授 角田哲啓(つのだ・あきひろ)さん
東京理科大学工学部卒。経済産業省関東経済産業局及びNEDOにて研究開発や中小企業支援関係の業務を担当。2016年6月から信州大学学術研究・産学官連携推進機構にて、大学の研究成果の事業化支援や大学発ベンチャーの創出・成長支援等を担当。Inland Japan Innovation Ecosystem(IJIE)プログラム共同代表者・事務局長。
経済産業省から信州大学へ。地域に根ざしたスタートアップ支援の道
――角田さんのこれまでのご経歴と、スタートアップ支援に関わるようになったきっかけを教えてください。
元々、経済産業省の関東のブロック機関である関東経済産業局に勤めておりまして、そこで中小企業の技術開発支援やエネルギー関係の仕事に従事していました。
2016年に信州大学に人事交流で出向させていただき、現在いる学術研究・産学官連携推進機構という組織に来ました。
出向して1年経った2017~2018年頃は、まだ「スタートアップ」ではなく「ベンチャー」と言われていましたが、大学発のベンチャーとして起業する先生が次々出てくる時期があったんです。
そんな中で、大学の中でも大学発ベンチャーの支援を積極的にやっていこうという流れが生まれ、2018年に知的財産・ベンチャー支援室ができ、そこでベンチャー支援を担当するようになったのがスタートアップ支援に従事するきっかけですね。
もともとは3年間の出向で信州大学に来たのですが、2019年で出向期間を終了してからもいろいろとご縁があって、長野県にそのまま残っていろいろお仕事しているような状況です。現在は、大学の研究成果の社会実装、つまり基礎研究などの成果を社会に還元していくための支援業務を中心に担当させていただいています。
――「社会実装」というのは、具体的にはどういうことですか?
せっかくの研究成果をそのまま大学内に眠らせてしまうのは非常にもったいないですよね。ひとつでもふたつでも、世の中に役に立つようにしていきたい。その手段の1つとして、大学発のスタートアップ支援があると考えています。
「信州大学発ベンチャー認定制度」で、研究成果を事業化へ
――現在、角田さんが信州大学で担当されている具体的な業務について教えてください。
まず大学の中では、大学発ベンチャーやスタートアップをやりたいという先生方が相談に来たときに相談に乗ったり、実際に起業をされた先生方の支援をしたりしています。また、大学の先生以外でも「信州大学と一緒になにかをやりたい」という起業家の方の相談を受けることもあります。
大学で支援を始める際に、大学の立場で民間企業の支援をすることになるため、「信州大学発スタートアップ」の認定制度を作って、大学として支援する対象を明確に整理した上で支援させてもらっています。
――認定制度があることで、支援の対象が明確になるのですね。認定されるとどんな支援が受けられるのでしょうか?
認定となったスタートアップには、インキュベーション施設の貸与、インキュベーション施設(学内住所)等での商業登記の許可、事業計画のブラッシュアップ、各種支援施策に関する情報提供、金融機関や事業会社とのマッチング等の支援を提供しています。
――幅広く手厚い支援体制が整っているのですね。
最近の大きなトピックとしては、2024年2月にJSTの大学発新産業創出基金事業に申請して採択され、Inland Japan Innovation Ecosystem(IJIE)というプラットフォームを立ち上げました。甲信北関東の5つの県にまたがる広域のプラットフォームを作って、大学の研究成果をもとにしたスタートアップの創出支援を行っています。
そういう活動をしていく中で、長野県の方ですとか、信州スタートアップステーション(以下、SSS)をはじめとしたスタートアップ支援機関の方々など、そういった皆様と横で連携を取りながら、学生や研究者、またそれ以外の方も含めて、大学発のスタートアップもしくは長野発のスタートアップをやろうとしている方々のサポートをさせてもらっています。
髪の毛の何万分の1の技術から急成長のAIベンチャーまで。多彩な信州大学発スタートアップ
――これまで信州大学発のベンチャーとして生まれた企業はどれくらいあるのでしょうか。
信州大学発のスタートアップは、認定を過去に行った企業が累計24社あります。
――その中でも、特に印象に残っている企業や事例を教えてください。
今、信州大学の中で成長株として積極的にご支援させていただいているのは、上田の繊維学部の中にあるインキュベーション施設に入っているナフィアスという会社があります。
ナノファイバーというのは、10のマイナス9乗という非常に小さい単位で、髪の毛の何万分の1みたいな太さの繊維を作って、それで不織布を作り、マスクなどの製品として販売しているベンチャーです。
――髪の毛の何万分の1! それはすごい技術ですね。
彼らが創業して間もない頃からサポートさせていただいていて、いろいろ紆余曲折があった中で、県の施策のご紹介や国の補助金等の支援もさせてもらいながら、徐々に成長してきました。
当初はマスクからでしたが、今はアパレル関係や医療分野など、いろいろな分野に事業展開しようとされています。技術もそうですし、社長さんも信州大学の卒業生で若手の方がやっていらっしゃいますが、もうかれこれ支援し始めて10年近く経ち、だいぶ成長してきました。長く支援しているので、すごく思い入れのある会社の一つです。
――10年近く伴走されてきたからこそですね。ほかにも印象的な事例はありますか?

若手のところでは、去年一昨年に創業したばかりのunseedというAI系のベンチャーがあります。そこは、社長さんが信州大学の大学院生だった頃に「将来創業したいんだ」と相談を受けて、アドバイスをしていました。
――学生の頃から相談に来られていたのですね。
当時は、「一旦はきちんと仕事のスキルを身につけたり、ネットワークや人脈を作ったりするために就職して、2~3年かけて準備してから創業する」と言っていたのですが、実際は就職してから1年で創業してしまいました。
有名な大手コンサル会社に勤めていたのに1年で辞めて創業してしまって、内心「大丈夫かな?」と思っていたところ、先日久しぶりに話を聞いたら現在は社員も順調に増えて、一気に急成長されていて。学生の頃からサポートさせていただく中で、こちらが思うペースとは違うペースで成長していっているので、すごく期待している企業の一つです。
――予想を超えるスピードで成長していったのですね。
CAR-T療法というがんの治療法の実用化・事業化を目指しているA-SEEDSというスタートアップは、大学としても注目しています。先日大きな資金調達を行っており、信州大学発スタートアップの中では成長株の筆頭かなと思います。
こういったところが将来エグジットしていただけると、大学の他の先生方にとっても身近な成功事例となり、次々と新しく「スタートアップをやろうかな」という先生も出てくるのではないかと思います。信州大学発のスタートアップの中ではまだ大きな成功事例がないので、今後そういった企業が出てくるといいなと期待しています。
・・・
インタビュー後編 では、角田さんがスタートアップ支援に感じる面白みや、大学発スタートアップならではの魅力、長野で起業することの優位性、そして起業を考えている方へのメッセージを聞きました。
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sou-ME:小商い体験講座 参加者募集!
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「好き」をカタチにして、小さく一歩。
やりたいことはあるけど、何から始めればいいかわからない。そんなあなたへ。
小商い講座では、自分の“好き”を見つけて、それを小さく始めるための知識と仲間を手に入れるための未来への一歩を応援します。開催毎にsouの個別相談も受け付けます!
◎こんな方におすすめ◎
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✔️地域や仲間とつながりながら、自分の世界を広げたいと感じている方
【開催概要】
終了・第1回:自分を振り返る
8月24日(日)13時〜16時 @千曲市
終了・第2回:好きなことを語る
9月21日(日)13時〜16時 @千曲市
終了・第3回:自分の未来を語る
10月13日(祝月)13時〜16時 @千曲市
・第4回:仲間とつながろう
11月9日(日)10時〜13時 @上田市
・第5回:ビジネスアイデアを生み出そう
12月7日(日)10時〜13時 @東御市
・第6回:体験イベントを企画しよう
1月18日(日)10時〜13時 @青木村
お申し込みは下記リンクよりお願いします。
https://forms.gle/wqzjAWAwd7sfEFHR8
※単発参加OK。すべての回で託児あり(先着順)。 オンライン参加可(各回4名)。
みなさまのご参加お待ちしております!
| 申込フォーム https://forms.gle/ERrP7P9KZXvazgrY9 |
| お問い合わせ:kurashigoto.nagano@gmail.com |
SOU-me 小商い体験講座【準備編】第3回「未来を語る」を開催しました!
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上田エリア
佐久エリア
10月13日(祝)、千曲市の和かふぇよろづやさんにて、「小商い体験講座【準備編】」の第3回「未来を語る」を開催いたしました。
1回目「自分の人生を語る」、2回目「好きを語る」に続く集大成として、今回も満員御礼の温かな雰囲気でスタート。チェックインでは、ニーズカードから「今日持ち帰りたい願い」を参加者全員が確認し合い、「あたたかさ」「つながり」「自己実現」など、それぞれが大切にしたい思いを共有しました。
◎宿題:「自分の好きを2倍してくる」体験のシェア
前回からのお誘いとして「自分の好きを2倍してくる」という宿題に対し、皆さんの体験・感想をグループでシェアする時間を取りました。
「好きを2倍するという意識をするだけで、毎日が新鮮で意識が大きく変わった」
「常にカメラを持ち歩いた」「着物が好きなので、構えるよりやっちゃう!(この日もお着物で来て下さいました)」
「封印していた好きをしていいという許可がだせ、日々の張り合いが持てた」
など、行動変容と心の変化に関する感想を全体でもわかちあいました。

◎テーマ:5年後の自分を創造するワーク
今回のメインテーマは「未来を語る」です。「大好きなことを継続してやり続けたら、どんな世界が見えるか?」を想像し、5年後の未来にスポットライトを当てて描くワークを実施しました。
5年後の未来を絵に描く
5年後好きをやり続けたらどんな未来になるか?をそれぞれ絵に書いていただき、グループで発表し合いました。このワークを通じて、漠然とした「5年後」が、「実現に向けて1歩ずつ進む目標」へと変わる瞬間がいくつも見られました。

◎講座3回を通して深まった自己開発について
全3回を通して、参加者の皆様から、この講座がご自身の変化と「場」の価値に繋がったという多くの声をいただきました。
安心・安全な場: 「いろいろな起業セミナーがある中に、こんなにあたたかいセミナーは初めてでした。みんなの想いでつながる場が安心・安全でとても楽しく受講できました。」
肯定の文化: 「なによりも皆の意見を頭ごなしに否定しない姿勢にもとてもあたたかさを感じ、とても実りのある時間でした。」
深い自己開発: 「自分と深く繋ぐ以外に、隠す抵抗はあったのかなと、なくなり自分自身の深層心理を拡げてくれるとても良い機会となりました。」

◎【参加者の声】
3回の講座を通して得られた、未来への意欲と前向きな変化に関する感想をご紹介します。
「自分を大切にして自分を好きになりやさしくなれる自分が見つかり幸せでした。」
「5年後の自分を考えてみて、その実現に向けて1歩ずつ進もうと決めました。」
「毎回受講後、それまでの自分とは違う新しい体験となっていくのがよくわかりました。これからの講座も楽しみです。」
「まずは自分が楽しみながら、まわりに波及させてゆきたいと思います。」
「楽しい3回講座でした。 好きを言語化し、好きなコトを形にする。行動が次につながるのではないかと思った。」

この全3回の「準備編」を通して、参加者の皆様は自己開発と自己表現を深め、未来への確かな一歩を描かれました。
参加者の方から「打ち上げ」の企画も調整され、千曲市で実施した3回で温かな小商いコミュニティが誕生しています。
【SOU-me小商い講座後半のご案内:基礎編】
準備編で深めた「好き」を、いよいよ「行動」に繋げます!
次回からは、6回連続講座の後半戦となる第4回〜第6回を、「好き」×「地域にいいこと」で一歩踏み出す基礎編として実施します。
単発参加も大歓迎です。仲間と繋がり、あなたの「好き」を活かして一歩踏み出したい方は、ぜひこの機会にお申し込みください!
お申し込みはこちらから: https://forms.gle/ERrP7P9KZXvazgrY9
【特典とご注意】
* 単発参加OK
* すべての回で託児あり(先着順)
* オンライン参加可(各回4名)
* 各回15名限定のため、お早めにお申し込みください。
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事業の成長が子どもの未来に繋がると信じて。創業、移住、出産。挑戦を支えてくれた信濃町の余白【前編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。
「創業直後に思い切って東京から信濃町に移住したのは正解だったと思っています。起業をすると仕事とプライベートの境界がほぼなくなるので、夫婦関係や子育てがうまくいかないと事業もうまく回らなくなると思うんです。家族がいかに良い環境でストレスフリーでいられるかをベースに考えていけば、きっと事業もうまくいく」
そう語るのは、学校教員向けの英語学習ツール「TypeGO」を立ち上げた青波美智(あおなみ・みさと)さん。自身も元英語教員であり、米国カリフォルニアをはじめ海外で移民や現地の子どもたちに英語を教えた経験から、英語教員の負担と子どもの学びのハードルを下げることを目標に、楽しみながら英語学習に取り組めるシステムの開発・普及に取り組んでいます。
創業と同時に妊娠が発覚し、子育て環境を重視して東京から夫の地元である長野県信濃町に移住した青波さん。創業・移住・出産の3つを同時並行しながら、着実に事業を形にしていきました。現在はさらに家族が増え、事業も転換期を迎えています。
インタビュー前編では、自分自身の経験から生まれた事業の構想や、長野に移住してからのアクションをお聞きしました。
<お話を聞いた人>
株式会社Swell代表取締役 青波美智
1992年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部卒。TESOL※、中学高校教諭一種免許状(英語)保持。米国カリフォルニアでメキシコ人移民に英語を教えた後、国連女性機関(UN Women)東ティモール、UNESCO-UNEVOCドイツで広報に従事。米系リサーチ会社Guidepointのシンガポール支部でリサーチャーを務め、2022年に株式会社Swellを創業。
※TESOL Certificate 英語教授法のプログラム
英語教員の負担と、子どもの学びのハードルを下げる英語学習ツールを開発
――まずは、「TypeGO」がどんなサービスか教えて下さい。

「TypeGO」は、英語教員向けに特化した”英語×タイピング”の学習ツールです。視覚・聴覚・触覚を刺激しながら、ゲーム感覚で英単語や英文をタイピングしていく仕組みになっています。
現在は全国約160校、16,000人以上の方に使っていただいていて、ユーザーの9割以上が公立の小中学校の英語教員です。学習指導要領の理念・方向性を踏まえて語彙や文章を設計しているので、先生方にとって導入しやすい設計にしています。
特徴的なのは、導入の多くが口コミによるものだということです。2024年秋にたった12人の先生と約500人の児童生徒から始まったβ版が、その後口コミだけで全国に広がって、2025年4月には100校・12,000人に到達しました。5月20日の正式リニューアル後は、わずか1か月で導入校数が40%増、ユーザー数も約17%増となっています。
――事業のアイデアはどこから生まれたのでしょうか。

一番の理由は、私が語学が好きで、言葉が好きだからです。
これまでアメリカ、シンガポール、ドイツ、東ティモールで暮らしたことがあり、そのほかにも何十カ国以上の国を旅をしてきました。これまで暮らしてきた国では、現地で雇用され、その国の言葉を話してお給料をもらい、人脈を築いてきました。その中で、だんだん言語を習得するコツがだんだん分かってきたんです。自分自身、英語教育の現場に携わってきた経験もあり、これを日本の学校現場に落とし込めたらいいなと思い「TypeGO」の構想が生まれました。
――今まで積み重ねてきた経験が形になったのですね。

今はAIの時代と言われていますし、通訳・翻訳ツールも発展しています。「わざわざ言語を学ばなくてもいいんじゃないか」という声もありますが、私はやっぱり言葉の持つ力は大きいと思っています。
シンガポールで働いていた時は、ベトナム、韓国、インドネシアなどいろんな国から人が集まっており、みんな共通言語である英語でコミュニケーションを取っていました。でも、例えばインドネシア人の同僚には“Apa kabar?(調子はどう?)”とほんのちょっとでも相手の言語を使って話しかけると一気に仲良くなれたんです。そうすると、日々のコミュニケーションがうまくいって、結果として仕事もうまくいく。
AIがどれだけ発達しても、相手の文化や言葉に寄り添うということは絶対になくならないし、なくなって欲しくないと思っています。なにより自分自身が、海外に行くことや何かに挑戦すること、言語を通じて新しい価値観に触れることが大好きなので、そんな挑戦を後押しするサービスが作りたいという思いがありました。
創業と同時に妊娠が発覚するも、「明日生まれるわけじゃない!」と走り続けた
――「創業する」という選択肢は、青波さんにとって身近なものだったのでしょうか。

「TypeGO」の構想が生まれた頃は、東京のマーケティング会社に勤めていたので、まずは社内の新規事業として立ち上げられないか上司に相談しました。「自社事業としては難しい」という反応だったため、それならば独立して自分でやろうと会社を立ち上げた形です。
もともと私は旅が好きだったので、語学に関する事業を立ち上げれば、海外旅行がすべて経費になるし、仕事につながるなと。今までもそんな生き方をしてきましたし、これからもそんな生き方をし続けたかった。いずれ子どもが欲しいと思っていたので、自由に働ける起業家という働き方は自分に合っているなと思っていました。
――創業とほぼ同時に妊娠が発覚し、長野に移住したと伺いました。

はい。当時はまだ東京で暮らしていて、台東区で登記が完了して2週間後、「さあ、ここからだ」という矢先に妊娠5ヶ月が発覚しました。「初創業・プロダクトなし・チームなし・キャッシュなし」の状態で、代表取締役(妊婦)という肩書きを背負うことになったわけです。
一瞬「おっと」と思いましたが、もともと子どもを望んでいましたし、「まあ明日生まれるわけじゃないしな」と事業は止めずに走り出すことに決めました。
もともと子どもが生まれたら自然豊かなところで育てたいと思っていたので、妊娠がわかってからすぐに夫の地元である長野の信濃町に移住しました。スタートアップをやるなら絶対東京のほうがいいと思っていたので迷いはありましたが、東京で出産をして子育てをするイメージが全く湧かなかったんです。
何事に対しても「新しいことは楽しい」という感覚がありましたし、東ティモールで暮らしていた時も、最初はお湯が出なかったり、ゴキブリやネズミと共存したりしていたくらいだったので、「移住したからってそこで人生を終えるわけじゃない。合わなかったら東京に帰ればいい」と移住を決めました。
――暮らしの環境を優先したのですね。

結論から言えば、思い切って信濃町に移住したのは正解だったと思っています。起業をすると仕事とプライベートの境界がほぼなくなるので、夫婦関係や子育てがうまく回っていかないと、事業もうまく回らなくなると思うんです。
仕事のことだけを考えて東京にいた場合、恐らく子育てでフラストレーションが溜まって、事業もうまくいかなかったんじゃないかなと。移住直後も思ったし、今でもそう思います。まず大前提として、子ども達にとっていかに良い環境でストレスフリーでいられるか。それをベースにしてプライベートを充実させれば、きっと事業もうまくいく。
特に女性の経営者の場合、妊娠するとなれば自分の体に約10ヶ月間子どもを宿すことになるし、出産の前後は動けません。妊娠・出産と仕事と切り離さずに、共存するしかないんですよね。だから、暮らしや子育ての負荷が低い環境の方が事業経営もしやすいと思います。
孤立を防ぎ、情報を掴むために長野の創業コミュニティに飛び込んだ

――移住後は、どうやって事業を形にしていったのでしょうか。
やりたいことはあれど資金がなかったため、まずはプロダクト開発の原資を捻出するためにメディアマーケティング支援の受託業を継続することにしました。
もう一つの生命線として、日本政策金融公庫の創業融資にも申し込みました。事業計画を引いてお金を借りる経験は人生で初めてで、計画書や試算表を提出できたのが出産の1ヶ月前。無事に長男が誕生し、面談を経て、最終的には公庫と地元の銀行による協調融資で1年走れるくらいの資金をお借りすることができました。
そこからは、初めての育児に奮闘しながら「TypeGO」の事業を形にするために走りました。
――まずは資金を貯めていったのですね。都市部での創業に比べて、壁を感じる場面はなかったのでしょうか。
信濃町は、子育て環境としてはとても良かったのですが、やはりふつうに暮らしていると周りの情報が全く入ってこなくて。東京にいた頃は、電車に乗るだけで広告やトレンドが入ってきますし、人との出会いもたくさんありました。スタートアップ支援や起業家のイベントも多い。一方信濃町は、むしろそういった情報に疲れた人たちが自然を移住してくるところなので、想像していた起業とはかけ離れた暮らしで。
「このままでは孤立してしまう!」と、長野県内の起業家コミュニティはないか探しました。そんな中で見つけたのが信州スタートアップステーションでした。表向きは「事業をスケールしたい」と相談に行きましたが、本音は「やばい、誰ともつながっていない」という焦りでしたね。
そこでアクセラレーションプログラム※1に採択していただき、2023年の夏〜秋はコーディネーターの森山さんと壁打ちを重ねました。特に、ターゲットセグメントをいくつも定め、それぞれの課題や事業インパクトを深掘りしていく工程は今までの受託目線とは使う脳の筋肉が異なり面白かったです。アクセラレーションプログラムの同期という形で創業者仲間も増え、刺激を受けたり学びを深めたりすることができました。
※1 「アクセラレーションプログラム」では、年に2回、公募により選定した企業等を対象に、数カ月間にわたりコーディネーター、メンターが起業家の様々な経営課題に対して短期集中型の伴走支援を行う。
インタビュー後編では、事業の成長と子育ての両立のコツ、これからの展望についてお聞きしました。
株式会社Swellのホームページ:https://swell-inc.com/
英語教員のための「TypeGO」公式note:https://note.com/typego
事業の成長が子どもの未来に繋がると信じて。創業、移住、出産。挑戦を支えてくれた信濃町の余白【後編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。
「創業初期は、『起業家としても母親としてもダメだ』と落ち込んでしまうことがたくさんありましたが、今では『自分が事業で成功することが何よりも子どものためになる』と思えるようになりました。『TypeGO』の事業を大きく成長させて子どもの将来に還元させることが、親として最大限出来ることだと信じて日々挑戦しています」
そう語るのは、学校教員向けの英語学習ツール「TypeGO」を立ち上げた青波美智(あおなみ・みさと)さん。自身も元英語教員であり、米国カリフォルニアなどで移民や現地の子どもたちに英語を教えた経験から、英語教員の負担と子どもの学びのハードルを下げることを目標に、楽しみながら英単語のタイピングに取り組めるシステムの開発・普及に取り組んでいます。
創業と同時に妊娠が発覚し、子育て環境を重視して東京から夫の地元である長野県信濃町に移住した青波さん。創業・移住・出産の3つを同時並行しながら、着実に事業を形にしていきました。現在はさらに家族が増え、事業も転換期を迎えています。
インタビュー後編では、子育てと事業のバランスの取り方、長野で創業したから得られた体験や、これからの展望についてお聞きしました。
<お話を聞いた人>
株式会社Swell代表取締役 青波美智
1992年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部卒。TESOL※、中学高校教諭一種免許状(英語)保持。米国カリフォルニアでメキシコ人移民に英語を教えた後、国連女性機関(UN Women)東ティモール、UNESCO-UNEVOCドイツで広報に従事。米系リサーチ会社Guidepointのシンガポール支部でリサーチャーを務め、2022年に株式会社Swellを創業。
迷走を経た原点回帰。英語教員向けの事業として再起動
――インタビュー前半では、創業や移住直後のお話をお聞きしました。妊娠中や出産直後も、資金調達やアクセラレーションプログラムの参加などアクティブに動き続けてきたのですね

とはいえ、アクセラレーションプログラムに参加した時点での「TypeGO」の構想は、「言葉をもっと自由に、世界を旅するゲーム」。対象は英語中上級者の大人、つまり To Cのビジネスモデルを考えており、「この事業で誰のどんな課題をどう解決するのか」という核心はまだ曖昧でした。
にも関わらず、私は「走れば形になる」と信じてしまったんです。開発が先行し、To C向けのアルファ版を無料公開してからは、「誰に届けたいのか」は置き去りなままにデザインや機能の微調整といった延命的な改善を重ねていました。
――立ち止まるきっかけはあったのでしょうか。
いくつか転機がありました。まず、2024年初頭に業務委託で依頼していたエンジニアが本業で忙しくなるということで新たな採用が必要となったんです。
そこで、英語のみの採用で世界中からエンジニアを募集しました。多くの人が「TypeGO」に可能性を見出して手を挙げてくれた中に、現在の開発パートナーであるインドのチームがいました。技術面でも申し分ないだけでなく、単なる外注先としてではなくプロダクトの未来を一緒に描こうとしてくれる相手だと感じられました。
インドチームとの開発が本格化すると、プロダクトは一気に進化しました。ですが、「TypeGO」のユーザーは一向に増えない。その間も、会社の口座からはどんどんお金が出ていきます。

そこで、一度事業の方向性を見極めるために開発を完全にストップする決断をしたんです。英語教員、企業家仲間、先輩起業家など数えきれないくらいの人と話をしました。そこで、ひとりのユーザーとの会話で転機が訪れたんです。
彼は中学校の英語教師で、「これ、学校で使えたらすごく助かります。生徒たち、タイピングが全然できないんですよ。英語でタイピングを教えるって難しいけど、これなら楽しんでやってくれるかもしれない」と言ってくれました。
その言葉を聞いた瞬間、ハッとしたんです。私は大学時代は英語教員を目指して勉強していましたし、実際にカリフォルニアで英語を教えていた経験もあります。「私、もともと英語教育が好きだったじゃん」という原点を思い出したんです。
――現在の「TypeGO」の英語教員向けのビジネスモデルは、悩みに悩んだ先にあったのですね。
新しい方向性が見えてからは、まずは現役の英語教員の方々にヒアリングを行い、今の教育現場の解像度を高めました。また、「先生向けのプロダクトをつくるなら、先生がチームにいた方がいい」と思い、X(旧Twitter)などを通じて何人かの英語教員に声をかける中で、英語授業・働き方改革に関する情報発信を行う江澤隆輔先生と出会うことができました。
立ち止まってからおよそ3ヶ月で、「TypeGO」は、学校教育向けのプロダクトとしてピボットを完了させました。2024年の9月にベータ版を公開し、11月には英語教員向けの小さなオンラインセミナーを開催しました。参加者は12名でしたが、その12人が受け持つ生徒約500人が一気に「TypeGO」ユーザーとなり、そこからその後口コミだけで「TypeGO」が全国に広がって行きました。

そして、5月20日の正式リニューアルを経て、現在は160校・16,000人を突破しています。たった1か月で導入校数は40%増、ユーザー数も約17%増に。この数字の裏には、現場の先生方が実際に使ってくれて、同僚や、次の学校に紹介してくれたという確かな手応えがあります。
すべてを包み込んでくれる信濃町の自然と余白

――プライベートの面では、新生児の養子を受け入れ、さらに第3子もご出産されていますね。事業と子育てはどのように両立されていますか?
最初の妊娠期間や長男が生まれたばかりの頃は、まだ「TypeGO」が形になっていなかったので、「起業家としてもダメだし母親としてもダメ」というマインドになって泣いてしまうこともありました。
「妊娠していなければもっとできるのに」と落ち込んだり、打ち合わせ中に子どもが泣き出して「すみません、リスケで」と謝り倒したり。でも今は、子育てと仕事の共存のさせ方がわかってきた気がします。
――共存のコツを教えて下さい。
一番ダメなのは、「子育てもやらなきゃ、仕事もやらなきゃ」と同時並行してしまうこと。「起業家としての自分」と「家族の中にいる自分」をちゃんと分けて、メリハリをつけることが大切です。
以前の私は、打ち合わせ中に子どもが泣き出すと、「ごめんね」と内心謝りながら打ち合わせをし、終わったらミルクを与えながら「うわあ、まだ仕事が残っているのにな」と考えてしまっていました。脳を切り替えられていない状態だから、どちらに対しても罪悪感が発生してしまうんですね。
最近は、「仕事よりも子ども優先」というスタンスを持ちつつ、「子どもを優先するためにはお金が必要だし、自分が事業で成功することが何よりも子どもへ還元できるものだ」と思えるようになりました。
実際に、信濃町の学校現場でも「TypeGO」が導入されました。子どもたちが通学するようになるまで、継続して活用してもらえるようによりよいプロダクトにしていきたい。自分が事業で成功した暁には、子供たちの未来にその恩恵を与えられる。それが自分が親として最大限出来ることだと信じて、今は事業に挑戦しています。
――世の中の「母親像」や「経営者像」に左右されず、自分でバランスを取っていくことが大切なんですね。
逆に、潔く自分の時間を子どもたちに譲ることもあります。子どもたちが「遊んで」と泣き出したら、どれだけ「今この資料をやっているのに……」と思っても、「分かった。これからの30分間は君たちに渡します」と自分の中で決めて、PCも閉じて携帯も置いて、一緒に絵本を読んだりお散歩したり。そうすると、大抵15分くらいで機嫌が良くなるんです。
そうして子どもたちの笑顔を見て、「私は大丈夫、母親として100点!」という状態を作ってから、もう1回仕事に戻る。そうやって、気持ちのメリハリをつけるだけで全然違います。でも、これを東京でやろうとしたら無理だったと思います。
――メリハリをつける上で、信濃町という環境はやはり大きいですか。

はい。昨年、それを強く実感した瞬間があって。長男が生まれ、新生児の養子を受け入れて、第三子を妊娠してつわりがひどい時期があったんです。もう毎日バッタバタの地獄絵図で。ある朝、長男が着替えをイヤがって走り回るのを追いかけていたら、長男が転んで床に置いてあったコップの水が全部こぼれたんです。
そこに、窓から朝日が差し込んできて水面にキラキラと反射して。次男は泣いていて、自分も吐き気でしんどいし、保育園の送迎時間がギリギリ。それなのに、「あ、きれいだな」と思った自分がいたんです。こんなカオスな状態でも、長男を叱るんじゃなくて、「きれいだな」と心が動く余裕があるんだ、と。その時に、「あぁ移住してきて良かった」と思いました。
どれだけ仕事で行き詰まっても、ここならちょっと顔を上げれば山が見える。子どもが泣き出したら、パッとお外にお散歩に行ける。走り回ったり大声を出しても何しても周りを気にしなくて良い。気持ちに余裕があるんです。そういう意味で、妊娠・出産・育児をしながら起業をするなら長野はすごくおすすめです。
言語習得のハードルをぐっと下げ、みんなが異文化を許容できる社会に

――これからの展望を教えてください。
まずはどんどん学校教育の中に「TypeGO」を浸透させていって、子どもたちにとっての言葉を学ぶことへの心理的ハードルと、先生たちの負荷をもっと下げていきたい。その先で、さらには世界中の子供たちや大人が言語を習得するハードルをぐっと下げ、みんなが異文化を許容できる社会にしていきたいです。
今後具体的に目指していきたいのは、言語を学んだ成果がちゃんと得られる仕組みを作ること。ゆくゆくは、「TypeGO」のスコアがそのまま語学の資格になるようにしたいんです。英検やTOEICのような既存の語学の試験は、わざわざ試験を受けに行かないといけませんし、受けてから数年が経ってしまえば「今」の英語力は測れない。「TypeGO」なら、日々遊んでいるだけで英語力だけでなくパソコンの実務スキルも測れるので、大学受験や就職における効果的な指標になるはずです。
ユーザーのデータを見てみると、面白いことに学校の偏差値と「TypeGO」のスコアは比例していないんです。どんなに偏差値が低い学校でも、「TypeGO」では全国的に高いレベルにいる子どもたちがたくさんいる。「TypeGO」のスコアを資格化し、全国的な評価基準にすることで、頑張っている子どもたちに奨学金を与えたり、海外研修をサポートしてあげたり、教育格差を埋めるような支援もしていけたらと思っています。
――最後に、長野県で創業を考えている方にメッセージをお願いします。
「妥協しないでやってみて!」とお伝えしたいです。仕事と育児の両立の話をすると、私は「両方ともやるしかない!」という感じでやってきました。イヤイヤやったのではなく、両方とも楽しかった。
それでも、やっぱり諦めそうになる瞬間は出てきます。そんな時は、目の前の小さいことを見るんじゃなくて、自分の人生全体を捉えて考えるようにしてきました。行き詰まったと思ったら、ちょっと引きで自分を見て、「これ、まだやってないじゃん!」「これをしたらどうなるんだろう?」と塗り絵を埋めていく感覚でチャレンジしてみる。
そもそも、「仕事と家庭のどちらかを選ばなければいけない」「どちらかの割合を減らさなければ両立できない」というわけではないと思うんです。両方とも100%やればいい。「もうやめたいな」と思うことがあっても、メリハリを付けて全部やってみて欲しいです。

株式会社Swellのホームページ:https://swell-inc.com/
英語教員のための「TypeGO」公式note:https://note.com/typego
創業支援事業補助金
伊那市
◆市内で新たに事業所を設置し、3年以上継続する意思のある方を対象に、事業所の新築費・購入費・内装または設備工事費、及び地代家賃について補助します。
◆補助率は補助対象経費の3分の2以内、補助上限は30万円。ただし、加算要件に該当する場合には、補助上限が最大100万円まで引き上げられます。
◆その他詳しい内容につきましては、伊那市公式HPをご覧ください。
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WE-Nagano Global Conference2025開催レポート
県内全エリア

2025年7月18日(金)・19日(土)の2日間にわたり、「WE-Nagano Global Conference 2025」を開催しました。
昨年に続き第2回となる本カンファレンスでは、「女性的な視点から創造する『良い企業』『良い地域』」という前回のテーマを土台に、「地域でつくる良い暮らしとは何か」を国内外のスピーカーや参加者と共に多角的に探求しました。ビジネス、アート、哲学といった多様な分野からの知見が交差し、世代・性別・国籍を超えた対話が生まれた2日間。その熱量と学びを、本レポートでお届けします。
WE-naganoは、地域に根ざしながら、グローバルな視点を持ち、より良い社会や未来をつくっていくために議論や交流を行っていく、長野県立大学のプロジェクトです。名称の “W” (Women) は、これまでの男性社会的なシステムとは異なる視点という意味での女性的リーダーシップの必要性や、現代社会で未だ可能性を拓ききれていない女性という存在への期待を表現しています。また、”E” (Entrepreneurs) には、起業家精神、つまり、自らの可能性を信じ、新たな世界を拓いていく姿勢を、事業を起こす人に限らずすべての人が持てるようにという願いを込めています。
Opening Sessionでは、これまでスポーツ、報道、アートといった「男性の仕事」とされてきた分野で活躍してきた3名の方々にご登壇いただきました。女性がサッカーを続けたくても部活動やプロリーグなどの進路がなかった、女性アナウンサーには政治やスポーツのニュースが回ってきづらい歴史があった、女性アーティストには展覧会の開催機会すら与えられなかったなど、それぞれの現場で直面してきた構造的・制度的な不平等について語られました。また、「女性らしさ」を求められる社会の風潮に対する疑問も共有され、こうした固定観念を超えて一人ひとりが自分らしく生きることの大切さが強調されました。セッションの最後は『「男性」「女性」といった枠にとらわれず、最も自分が生き生きできる在り方を目指すべきだ』という登壇者の力強い言葉で締めくくられました。
Keynote Speechでは、長野県立大学の佐藤理事長が、WE-Naganoの開催意図と今年のテーマについてプレゼンテーションを行いました。「良い暮らし」「良い地域」というテーマを掲げ、日本のジェンダーギャップ指数や、長野県における若年女性の転出超過といった課題を提示し、多様性と寛容性を備えた地域コミュニティこそが、人口流出の抑制やUターン促進に重要であると述べました。さらに、それらの価値観はイノベーションを促進し、新たな価値を生む力になると強調し、善光寺に象徴される宗教的寛容性や、移住したい県No.1という実績を挙げ、長野の持つ可能性にも触れました。最後に、このカンファレンスを通して地域を変える声や活動と出会い、未来への希望につなげてほしいと語りました。
Global Sessionでは、長野県立大学の安藤顧問が、ジェンダーギャップの解消は人口減少の改善とイノベーションの促進において重要であるということを強調し、特に、若年女性が地域から出ていくこと以上に「戻ってこない」ことが課題であると述べ、各パネリストに自国の状況や日本への示唆を問いかけました。これに対し、スピーカーたちは、国の政策や多様性ある組織づくりに向けて、まず現状を把握するためのデータ収集が不可欠であると述べました。また、性別役割分担の意識を変える広報の工夫や、「16時半以降は会議をしない」といった制度設計を通じた、性別にかかわらず働きやすい職場環境づくりなど、多面的で包括的な取り組みの重要性が共有されました。
Keynote Sessionでは、長野県内で事業を展開する3名の経営者と、長野県知事の阿部守一氏にご登壇いただきました。冒頭では、「なぜ女性だけが育児か仕事かを選ばなければならないのか」「なぜ取締役に女性が私1人しかいないのか」といった、性別役割分担への違和感を感じた経験が語られました。これを受けて知事は、NAGANO創造県民会議の設置や2050年に向けた長野県の展望を紹介し、「寛容性」が未来の地域づくりの鍵であると強調しました。経営者たちからは、声が届く組織づくりの実践として「声を上げられる空気感」や「情報の透明性」の重要性が語られました。また、最後には地域によそものとして関わるには100年単位で歴史を捉えること、対話を通じて希望を育むことの重要性についても語られました。
カンファレンス2日目に開催されたYouth Sessionでは、活躍する10代・20代の若者4名と長野県立大学の金田一学長が登壇し、「暮らしたい地域・社会」をテーマに、居場所づくりや自分らしさについて議論が交わされました。セッション冒頭にはそれぞれの取り組みの背景にある「学校の同調圧力」や「LGBTQ+当事者間の分断」、「気候変動に対する意識の差」といった違和感について語られました。また、地域で活動する中で「学生だから」と軽く見られた経験についても共有され、年齢や立場に関わらず一人ひとりの声に耳を傾け、それぞれが自分らしく生きられる社会を作る重要性について訴えられました。最後に金田一学長より「今日登壇した4人にはぜひ今後とも積極的に行動し、グローバルに活躍してほしいと思います。」とのメッセージが寄せられセッションが締めくくられました。
Lunch Time Sessionでは、長野県立大学大学院ソーシャル・イノベーション研究科の神戸和佳子准教授が司会進行を務め、奈良県・教恩寺の住職であり、シンガーソングライターとしても活動するやなせななさんが登壇しました。「わたしを生きる」というテーマのもと、仏教の教えと自身の人生経験を重ねながら、作詞作曲された歌の演奏とともに語られました。就職氷河期、音楽活動の挫折、がん闘病といった困難を経験しながらも、「スターになりたかった夢は叶わなかったけれど、全国を回って歌を届ける中で、悲しみに打ちひしがれた心の奥にも音楽が届くということを実感できた20年間だった」と振り返りました。そして、「『私は生きている』という気持ちを手放し、『生きていない』くらいの気持ちでいることが重要。夢に破れても、まだ道はあると思えたとき、人とのつながりに救われ、道ができ、自分を生きることができる」と語りました。
Closing Session わたしたちが創造する「良い暮らし」「良い地域」〜多様性の視点から、寛容性
2日間にわたる長野県立大学でのイベントのクロージングセッションでは、「私たちが想像する良い暮らし、良い地域」をテーマに、多様な背景を持つ登壇者が集まり、2日間の議論を振り返りながら、これからの社会の在り方について深く話し合いました。議論では、ケア労働が女性に偏っている現実や、ビジネスの現場で「男性の仕事・女性の仕事」といった固定観念が根強いこと、障害が社会によるラベリングであるという問題提起がなされました。これに対し、大室教授はソーシャルイノベーションの視点から、社会を「経済と家事」「健常者と障害者」「男性と女性」というように言語化し単純化すること自体が問題であると指摘し、経済というフレームによって家事が見えなくなる構造や、健常者というフレームによって障害者が置き去りにされる構造を明らかにし、社会を分けずに捉える必要性を強調しました。さらに、あえて自己中心的に生きようとするワークを通じて、自身が他者に支えられていることに気づき、私とあなた、そして社会が不可分に繋がっていることを実感するプロセスが、全体性を取り戻す鍵であると述べました。
書いた人:内田大晴
長野県立大学グローバルマネジメント学科6期生2004年北海道生まれ。大学入学後、地域のフリーランスのライターに弟子入り。現在はインタビュー記事やイベントレポート、クラウドファンディングの伴走支援などを行っている。
「花が好き」という想いを、唯一無二の仕事に。理想のライフスタイルを叶える、創業という選択肢【後編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。
「『好きなこと』と『得意なこと』、『世の中が求めてること』、そして『お金になること』。この4つの円が重なれば重なるほど、それを仕事にしやすくなります。そうすると、仕事が自分の生きがいにつながっていく」
そう語るのは、”花のロスを減らし花のある生活を文化にする” をミッションに掲げ、廃棄されてしまうロスフラワーを用いた店舗デザインや装花装飾を行う株式会社RINを立ち上げた河島春佳(かわしま・はるか)さん。
自分の理想のライフスタイルを叶えるため、20代前半から創業を意識するようになり、自分が熱意を注げる「好きなこと」を突き詰め、着実に事業を形にしていきました。東京で創業し、事業を育ててきた河島さんが、次のフェーズを展開するためのフィールドとして検討しているのが、生まれ故郷である長野県。
インタビュー後編では、駆け出しのフリーランスから法人化を果たすまでの道のりや、今後の展望について聞きました。
<お話を聞いた人>
株式会社RIN 代表取締役 フラワーサイクリスト®︎ 河島 春佳
長野県小諸市生まれ。大自然の中で幼少期を過ごし自然を愛するようになる。2014年頃から独学でドライフラワーづくりを学び、2017年 生花店での短期アルバイト時に、廃棄になる花の多さにショックを受けたことから、フラワーサイクリスト®︎としての活動を始める。2018年クラウドファンディングで資金を集めパリへの花留学を実現し、2019年ロスフラワー®︎を用いた店舗デザインや、装花装飾 を行う株式会社RIN を立ち上げる。2020年には花農家と消費者の架け橋として開設したオンラインショップ『フラワーサイクルマルシェ』が、農林水産省HPでも紹介。2021年フラワーサイクリスト®︎になるためのスクール『フラワーキャリアアカデミー』をリニューアルし、現在全国の200名以上の卒業生と共に、ミッションとして掲げる “花のロスを減らし花のある生活を文化にする” ために活動中。
自分を見つめ直して気づいた、花への深い想い

――インタビュー前編では、創業に向けて事業の種を育てていくまでの過程をお聞きしました。当時はフラワーアレンジメントなどクリエイティブな側面が主だったと思うのですが、そこから現在の主軸であるロスフラワーにたどり着くにはどんな経緯があったのでしょうか。
「花を仕事にしたい」という軸は決まったものの、いわゆる素敵なフローリストの方はすでに世の中にたくさんいたので、それだけでは仕事にならなかったんです。
「じゃあどうしたらいい?」と自分を見つめ直してみると、私は当時生花よりもドライフラワーをメインに扱っていることに気が付きました。「なぜドライフラワーなの?」と深掘りしていった先に、「お花を捨てるのがもったいない」という思いがあるなと気がついて。そこから、「フードロスのお花バージョンみたいな取り組みができないかな?」とぼんやり思い描き始めました。
そこで、サステナビリティを意識したマルシェを運営している友人に、「廃棄のお花を救うプロジェクトをやっていきたい」と、ざっくばらんにアイデアを話してみたんです。そうしたら、「それは是非、うちのマルシェで販売して欲しい」といい反応をいただけて。話していく中で、「それってフードロスのお花バージョンだから、ロスフラワーだね」「生産者さんの規格外のお花や、お花屋さんで行き場を失った花を救うことで、お花を長く楽しんだり、花のある生活で心の栄養をお届けしていきたい」と、事業のアイデアが固まっていきました。
――自分を見つめ直すことで生まれたアイデアを、さらに人に話すことで形になっていったんですね。
当時から内省と同じくらい意識していたのは、「直感を信じて行動する」「走りながら行動する」というマインドセットでいることでした。会社員時代の「安定を求める保守的な自分」のままでは、自分で仕事を作っていくことが出来ないなと。自分の脳を書き換えることで、自分で生きていくための道を切り開く力を身につけようとしていました。
パリ留学を経て、企業向け事業展開へ
――そのマインドセットがあったからこそ、未経験でも独学で走り出せたのですね。会社を立ち上げるまでの道のりを教えて下さい。

大学職員を退職し、フリーランスとして独立したものの、当時の自分のキャリアを考えると、「未経験」で「独学」のままだったんです。「自分で学ぶ機会を作りたい、かつ、人と違うことをしたい」という思いから、フランス・パリへの海外留学を目指すようになりました。
とはいえ、資金が潤沢にあるわけではなかったので、クラウドファンディングを実施して、ファンとの関係性づくりも同時に行ったんです。2018年に、Facebookの告知だけでクラウドファンディングを実施し、パリでの花留学とワークショップの実施を実現しました。帰国後の仕事につながるように、お花の装飾の定期契約権をリターンに用意しました。ありがたいことに、100人以上の多くの方や、企業の社長さん達にもご支援いただくことができ、帰国後の仕事につながりました。

そうしたパリへの留学経験と、クラウドファンディングでのファンの皆様からの応援をきっかけに、アーティストとして生きていく自信がついて、本格的にロスフラワーをコンセプトに活動していくようになりました。
留学前は、ワークショップやケータリングなど、個人向けのお仕事がメインだったのですが、留学後は企業向けのお仕事が出来るように動きだしました。企業向けの展示会に参加し、3日間で1000枚のチラシを配ったこともあります。
――地道に着実に、事業の種を撒いてきたのですね。
チラシの効果が出て、実際に企業さんとの案件をいくつかいただけるようになりました。そこで、ロスフラワーとフラワーサイクリストの商標を取得し、自分の中でもいわゆるハイブランドさんに起用してもらえそうな事業展開を目指したら、Urban ResearchさんやLUSHさんの店舗装飾や、乃木坂46さんの衣装提供を行うようになり、2019年に法人化を果たしました。
生まれ故郷・長野への想いとこれからの展望
――今後の事業の展望として考えていることはありますか?

副業・フリーランス時代も含めると、これまで10年近く東京で仕事をしてきました。たくさんの人との出会いや、様々な企業さんとのパイプを作り、事業を大きくしてくることができました。
次は、さらに地方に目を向けて、お花の生産者さんに寄り添うお仕事を増やしていきたいと考えています。これまでも生産者さんの元に通ってはきたのですが、実際に自分が地方に住むことによって、生産者さんとの距離が近くなり、心を開いてくれるかもしれません。自分自身、住んでいるからこそ、気づけることもあるんじゃないかなと。
そもそもロスフラワーがどういった過程で出てきてしまうのかを探り、根元から課題解決につなげたり、これまで培ったノウハウを活かした6次産業化のお手伝いだったり、やってみたいことはたくさんあります。ゆくゆくは、地域の雇用を増やしたり、農業と福祉の連携の仕組みを作ったり、地域のお花の魅力の発信もしていきたいです。今の会社とは別に、新しい会社を立ち上げてもいいんじゃないかと考えています。
――その候補地のひとつが、長野県なのですね。
はい。長野県は、お花の生産者さんが多いほか、新幹線が通っているので都市部ともアクセスがしやすいため既存のお仕事も継続しやすい。そして、やはり私の生まれた土地であり、子どもの頃に毎年遊びに来ていた思い出があります。子育て環境としても良さそうだなと。
東京にいる便利さもいいけれど、森の中で暮らすいい意味での不便さが、今の自分にしっくりきて。不便だからこそ、ゆっくり自分の時間を取れたり、内省する時間を大切にしたりできる。自分をリセットできる感覚が心地よくて。
まだどうなるかはわかりませんが、もしこの記事を読んでくれていて、RINに興味を持ってくれる長野の企業の方がいたら、今後何かご一緒できたらうれしいですね。
4つの要素が重なった時、仕事は生きがいになる

――最後に、創業を考えている方向けにメッセージをお願いします。
「好きなこと」と「得意なこと」、「世の中が求めてること」、そして「お金になること」。この4つの円が重なれば重なるほど、それを仕事にしやすくなります。そうすると、結果として仕事が自分の生きがいにつながっていく。
私の場合は「好きなこと」がお花、「得意なこと」がクリエイティブ、「世の中が求めていること」つまり、社会課題としてロスフラワーの活用がありました。そして、それがありがたいことに「お金になること」でした。
無理に「世の中が求めていること」だけにフォーカスしすぎず、「好きなこと」「得意なこと」も大切にしていった方が、事業を継続しやすいんじゃないのかなと私は思います。そうやって、その4つのバランスを見ながら、自分が無理なく続けられる何かを見つけていくといいんじゃないかな。
株式会社RINのホームページ:https://lossflower.com
河島春佳さんのinstagram:https://www.instagram.com/haruka.kawashima
「花が好き」という想いを、唯一無二の仕事に。理想のライフスタイルを叶える、創業という選択肢【前編】先輩起業家インタビュー

起業する。会社を立ち上げる。「創業」と一口にいっても、そのあり方は人それぞれ。同じ選択や道筋は一つとしてありません。魅力的な先輩起業家が数多く活躍している長野県。SHINKIの先輩起業家インタビューでは、創業者の思いやビジョン、創業の体験談や、本音を掘り下げます。
「子育てがネックで仕事が出来ないことも、仕事が忙しくて家族との時間が取れないというのもいやだったんです。どちらも叶えたかったのですが、このまま会社員として働いていたら、それは難しそうだぞという体感がありました。独立したら、理想のライフスタイルが描けるんじゃないかというイメージが漠然とあったんです。」
そう語るのは、”花のロスを減らし花のある生活を文化にする” をミッションに掲げ、廃棄されてしまうロスフラワー®︎を用いた店舗デザインや装花装飾を行う株式会社RINの創業者である河島春佳(かわしま・はるか)さん。
自分の理想のライフスタイルを叶えるため、20代前半から創業を意識するようになり、自分が熱意を注げる「好きなこと」を突き詰め、着実に事業を形にしていきました。東京で創業し、事業を育ててきた河島さんが、次のフェーズを展開するためのフィールドとして検討しているのが、生まれ故郷である長野県。
インタビュー前編では、ロスフラワー®︎を軸としたビジネスの着想を得たきっかけや、「好き」を仕事にしていくまでのステップについてお聞きしました。
<お話を聞いた人>
株式会社RIN 代表取締役 フラワーサイクリスト®︎ 河島 春佳
長野県小諸市生まれ。大自然の中で幼少期を過ごし自然を愛するようになる。2014年頃から独学でドライフラワーづくりを学び、2017年 生花店での短期アルバイト時に、廃棄になる花の多さにショックを受けたことから、フラワーサイクリスト®︎としての活動を始める。2018年クラウドファンディングで資金を集めパリへの花留学を実現し、2019年ロスフラワー®︎を用いた店舗デザインや、装花装飾 を行う株式会社RIN を立ち上げる。2020年には花農家と消費者の架け橋として開設したオンラインショップ『フラワーサイクルマルシェ』が、農林水産省HPでも紹介。2021年フラワーサイクリスト®︎になるためのスクール『フラワーキャリアアカデミー』をリニューアルし、現在全国の200名以上の卒業生と共に、ミッションとして掲げる “花のロスを減らし花のある生活を文化にする” ために活動中。
花のロスを減らし花のある生活を文化にする
――まずは株式会社RINの事業内容について教えて下さい。

弊社では、まだ美しいうちに廃棄されてしまう花を「ロスフラワー®︎」と名付け、この花たちに新たな命を吹き込む事業を展開しています。”花のロスを減らし花のある生活を文化にする”をミッションに、持続可能な花き市場の維持と、花の持つ美しさや価値の再定義を目指しています。
花業界では、フードロス問題と同じように、まだ美しいにも関わらず大量の花が日々廃棄されているという深刻な課題があります。主にカタチが基準に合わなかった、などの理由で、日々、たくさんの生花がまだキレイなうちに捨てられているんです。
具体的な事業は、大きく分けて4つあります。まず1つ目がロスフラワー®︎を用いたブランディング事業で、店舗やブース、ディスプレイの装飾をメインに行っています。装飾事業では、空間装飾だけにとどまらない効果的な施策のご提案を通じて、お客様の取り組みをサポートしています。これまでに、ユニクロやSABON、LUSHなど、様々な企業様とのコラボレーションを実現してきました。装飾で使用したお花をノベルティに加工し、装飾後に発生する廃棄も削減する取り組みも行っています。

2つ目がフラワーサイクリスト®︎のコミュニティ運営です。フラワーサイクリスト®︎とは、ロスフラワー®︎に新たな命を吹き込む人のことです。「サイクリスト」は環境用語である「アップサイクル」からの造語で、ものづくりの力で廃棄品にさらなる価値を与えることを意味します。
花を使って事業をしていきたい方や、アーティストとして活動している方向けに、養成講座「Flower Career Academy」を運営しています。現在全国で200名以上の卒業生が活躍しています。

3つ目が、2020年4月に花農家と消費者の架け橋として開設したオンラインショップ「Flower cycle marche(フラワーサイクルマルシェ)」の運営です。農林水産省花いっぱいプロジェクトでも紹介され、商品を購入することで花の廃棄問題を間接的に支援できる仕組みとなっています。主にバラ農家さんとユリ農家さんから直送でフレッシュな生花をお届けしたり、「花の命を最後まで大切にしたい」という思いから生まれたドライフラワーボックスなどを販売しています。
そして4つ目が教育事業です。私自身が文部科学省の「アントレプレナーシップ推進大使」に就任し、講演会やイベントを通じて「これからの未来を担う人々が、一歩を踏み出すきっかけ」となれるよう取り組んでいます。
また、植物とのふれあいの中で子ども等の豊かな成長を促す花育事業も強化しており、認定NPO法人フローレンスの「こども冒険バンク」などでフラワーアレンジメント体験も提供しています。
理想のライフスタイルを叶えるため、創業という選択肢が浮かんだ
――河島さんは長野生まれと伺っています。これまでの経歴について教えてください。

私は母の故郷である長野県の小諸で生まれました。両親が転勤族だったため、その後全国を転々としたのですが、小諸には長期休みのたびに帰っており、毎年、いつも山や野の花の中で遊んでいました。都内に住んでいる親戚の家に行くと、「なんでここは山がないの?」と疑問に思っていたくらい、幼い私にとって自然は身近な存在でした。
自然と同じくらい、手を動かして何かを作ることも好きだったので、小学生になる頃にはファッションデザイナーを目指すようになりました。当時は「ものを作る=ファッションデザイナー」だと思っていたんです。
大学でもファッションの勉強をしていましたが、就職活動の際にリーマンショックにぶち当たり、憧れていたファッション業界に行けないという挫折を味わって……。そこから「じゃあ、今後自分の軸として生きていきたいことは何だろう?」と考え直した時に、やっぱり自分のクリエイティビティを生かせる仕事がいいなと。そこで、大手おもちゃメーカーのグループ会社に就職し、企画営業や受発注、設計・デザインの仕事を経験しました。
仕事の現場は楽しかったのですが、私は20代前半の頃から「仕事と子育てを両立したい」という思いがあって。このまま会社員として働いていたら、それは難しそうだぞという体感がありました。当時から、自分が独立したら理想のライフスタイルが描けるんじゃないかというイメージが漠然とあったんです。
――創業のアイデアが先というよりは、理想のライフスタイルの実現を考えた先に創業という選択肢があったと。そこからどうやって創業に向けた準備を?
そうですね。子育てがネックで仕事が出来ないというのも、仕事で忙しくて子育てや家族との時間が取れないというのもいやだったんです。どちらも叶えたかった。
「じゃあ、起業できるスキルは何があるかな?」と振り返ってみたら、当時の私にはまだ何もありませんでした。
当時から、いわゆる自己啓発本を読み込んで、自分の好きなことをビジネスにするためのヒントを探していました。その中で、まず「自分が得意とするもの」と、「自分が好きとするもの」を掛け合わせることが大切だと学んだんです。
そこで、ちゃんと地に足がついた状態で、自分が本当にやりたいことを探そうと考え、まずは当時勤めていた会社から休みが取りやすく働きやすい職場に転職しました。フラットな状態で自分を見つめ直せるような環境を重視して大学教員を選び、そこで3年間働きながら創業に向けた準備をしていきました。
職場を変え、時間の使い方を変えることで創業に向けた意識を高めていった

――創業に向けたワンクッションとして、まずは働く環境を変えたのですね。どのように事業のアイデアや方向性を固めていったのでしょうか。
具体的には、時間の使い方を変えました。特に意識していたのは、休日に誰と時間を過ごすかです。なるべく、自分の好きなこと・得意なことを仕事にしている人、もしくはこれからしていきたいと考えている人と会って話すことで、刺激を受けて自分の意識を高めていました。
それから、大学職員は長期休みが多かったので、その時間を使って海外旅行にも行きました。それが今の事業につながるきっかけになったんです。
――詳しく教えてください。
スイスなど、山の景色があるところによく行っていたのですが、帰ってきてから旅の写真を見返すと、山に咲いている野花の写真が半分以上を占めていたんです。そこで初めて「あ、私って花が好きなんだ」と気がつきました。
そこからさらに「自分のクリエイティビティを生かして、花を使った仕事ができないかな」と考え始めました。それがちょうど20代半ばぐらいです。
――自分の中のやりたいことや好きなものが、少しずつつながっていったのですね。そこからは具体的にどんなステップを踏んでいったのでしょうか。

「花が好き」「クリエイティブ」という二軸で考えると、まず一般的にフローリストという仕事があるとわかって。そこで、まずは独学でフラワーアレンジメントのワークショップを企画し、週末に自宅に友人を呼んでワークショップをすることからスタートしました。SNSを使った集客やファン作りもその頃からコツコツと始めていました。
それが徐々に口コミで広がり、カフェなどのお店でワークショップをするようになり、友人以外のお客さんも来てくれるようになり、参加費をいただけるようになり……。それがまた噂になり、LUMINEなど都内の百貨店にも呼んでいただけるようになりました。
小さく始めた一歩が、口コミで広がり、人を呼ぶようになり、外から仕事を持ってきてくれるようになって、徐々に事業として成り立つようになっていったんです。
インタビュー後編では、ロスフラワーという社会課題の解決をコンセプトに事業展開していく過程や、今後の地方での新規事業立ち上げの展望について聞きました。
株式会社RINのホームページ:https://lossflower.com
河島春佳さんのinstagram:https://www.instagram.com/haruka.kawashima
すべての「わたし」を創造的に生きよう。「WE-Nagano」が描く長野の未来【インタビュー後編】

自分の暮らしをより良くしていくにはどうしたらいいんだろう?
自分に出来ることはあるのかな?
2023年に発足した「WE-Nagano」は、ジェンダー・国籍・世代・セクターを超えて、より良い社会のあり方を地域に根ざしながらグローバルな視座で考えることを目指した長野県立大学発のプロジェクトです。
2025年7月18-19日に開催される第2回Global Conferenceでは、長野で活躍する起業家やプレーヤー、海外からのゲストを含む他分野の実践者と、「わたし」が創造する良い暮らしと地域の未来について考えます。
立ち上げの中心メンバーとして活動する渡邉さやかさんは、自身も30代で起業し、当時の経験からアジアの女性起業家の支援を行ってきました。
インタビュー後編では、地域とグローバルという2つの視点を持つことがどうして大切なのか、第2回Global Conferenceの見どころや、「WE-Nagano」が描く未来についてお話を伺いました。
<お話を聞いた人>
渡邉さやかさん
長野県出身。長野県立大学大学院ソーシャル・イノベーション研究科 准教授。ビジネスを通じて社会課題を解決できる仕組みを考えたいという想いから、2007年新卒として外資系コンサルティング会社に入社。2011年6月退職。独立後は、被災地での産業活性プロジェクトや、企業途上国・新興国進出支援として、東南アジアだけでなく、中東・中央アジア・アフリカで事業開発に関わる。また、2014年にAWSEN(アジア女性社会起業家ネットワーク)を立ち上げ、アジアを中心に女性社会起業家支援に尽力、現在は国内の女性の創業・起業や就労支援にも携わる。
地域で活動する人と、地域で暮らす人たちに橋をかける

――インタビュー前編では、「WE-Nagano」立ち上げの経緯をお話いただきましたが、昨年の第1回Global Conferenceの手応えはいかがでしたか?
来場者の方からのアンケートで、「長野の歴史が変わる瞬間を見た」「長野でこんな登壇者の方々の話が聞けるなんて思わなかった」「大学でのイベントに参加したことがなかった、大学が身近になった」こういう人の話を聞いたことがなかった」というコメントをいただけたのがとてもうれしかったです。
中には、「近所だけど大学との接点がなかった。面白そうだったから来てみた」「地域の若者の声が聞けてうれしい」という地元の方もたくさんいらっしゃって。せっかく地域で活動する経営者や若者がいるのに、地域の人たちとの接点を持てずにいるのはとてももったいないので、Global Conferenceが人と人との橋渡しのような役割が担えたらと思っています。
去年から今年にかけて、協賛企業やメディアパートナーも増えてきました。2年目にして広がりが出てきたと感じています。今後もさらに同じ思いの仲間を増やしていきたいです。
ビジネスのセクターにいなくても、暮らしや地域を変えていける

――2025年度のカンファレンスの概要と見所を教えて下さい。
今年度は、7月18日(金)と7月19日(土)の2日間、長野県立美術館と長野県立大学三輪キャンパスの2会場で開催します。
DAY1は、長野県立美術館の地下ホールを会場に、昨年の流れを引き継ぎ「女性が切り拓く新たなキャリアと社会」、「グローバル視点から考える女性の力と地域イノベーション」、「長野県から考える『誰もが幸せに暮らす地域』」の3つのセッションを行います。
DAY2は、長野県立大学三輪キャンパスで、「10-20代が考える『生きやすい地域』」、「『わたしを生きる』とは」、「わたしたちが創造する『良い暮らし』『良い地域』~多様性の視点から、寛容性のある社会について考える生かして~」の3つのセッションを行います。

昨年度は、ビジネスの視点で『良い企業』について考えるセッションが中心でしたが、今年はより身近な『良い暮らし』をどう創造できるのかという視点に変わりました。
また、今年はさらに若者の参加者を増やしたいと思い、長野市内の高校等にもお声がけしています。性別や年齢、属性など、あらゆる垣根を越えて一緒に考える機会になればいいなと思っています。
「自分にもできるかも」というアントレプレナーシップの醸成を

――地域とグローバル、両方の視点を大切にされているのはどうしてですか?
アジア女性起業家ネットワークを立ち上げた後に、アジアの女性起業家を日本各地に呼んでいたんですが、東京だけでなく、岩手の陸前高田や長野の諏訪、沖縄の離島など地方でのイベントも意識的に企画していました。
すると、「英語を話せない」「グローバルを意識したことがない」という人でも、言語の壁を越えて同じ女性だからこそ共感できる悩みというのがたくさんあったんです。私はそこに可能性を感じて。
私が意識したいのは、いわゆるスーパースター的な経営者としての姿だけではなく、個人のストーリーを見せることです。女性起業家が別世界の存在ではなく、「意外と一緒じゃん」というところから、関心を持ったり、自分のやりたいことを考えるきっかけになればと思っています。
――今の長野県について、どのような課題意識をお持ちですか。また、「WE-Nagano」を通して長野がどう変わっていくことを望んでいますか?

日本財団の18歳意識調査によると、長野県は「自分には人に誇れる個性がある」と考えている人の数が最下位なんです。これはとても残念なことですし、大きな課題だと考えてます。
「WE-Nagano」が掲げるテーマは、「女性」と「グローバル」という大きな軸がありますが、今年度は「若者のアントレプレナーシップ醸成」にも力を入れていきたいと思っています。それを踏まえ、今年のカンファレンスのテーマも、「わたしたちが創造する良い暮らし、良い地域」にしました。
起業をする人の背景には、身近なロールモデルの存在が非常に大切だと言われています。地域の若者が「自分にも何か出来るかも」と思うきっかけになってほしいです。
登壇者の言葉があなたの暮らしを変えるヒントになるはず

――今年は特にどんな方に参加して欲しいですか? 来場者に向けたメッセージをお願いします。
まだ「起業したい、起業を考えている」というわけじゃなくても、「これからどうやって生きていこうかな」「地域の中で活動しているんだけれどうまくいかないな」とモヤモヤしている人にも、ぜひ来ていただきたいです。
結婚・出産といったわかりやすいライフイベントだけじゃなく、キャリアの変化や移住などの環境の変化があった人、一方でグローバルな動向に興味がある人にも響く内容になっていると思います。
「ちょっと面白そうだから行ってみよう」「その日たまたま暇だから行ってみようかな」という理由でも、登壇者の誰かの言葉から、なにかしら自分の暮らしを変えていくヒントを得られるところがあるはずですよ。
▷「WE-Nagano」の詳細、カンファレンスの申し込みはこちら!
すべての「わたし」を創造的に生きよう。「WE-Nagano」が描く長野の未来【インタビュー前編】

自分の暮らしをより良くしていくにはどうしたらいいんだろう?
自分に出来ることはあるのかな?
2023年に発足した「WE-Nagano(Women Entrepreneurs Nagano)」は、ジェンダー・国籍・世代・セクターを超えて、より良い社会のあり方を地域に根ざしながら世界史座で考えることを目指した長野県立大学発のプロジェクトです。
2025年7月18-19日に開催される第2回Global Conferenceでは、長野で活躍する起業家やプレーヤー、海外からのゲストを含む他分野の実践者と、「わたし」が創造する良い暮らしと地域の未来について考えます。
立ち上げの中心メンバーとして活動する渡邉さやかさんは、自身も30代で起業し、当時の経験からアジアの女性起業家の支援を行ってきました。インタビュー前半では、渡邉さんご自身のキャリアや、「WE-Nagano」立ち上げの経緯について伺いました。
<お話を聞いた人>
渡邉さやかさん
長野県出身。長野県立大学大学院ソーシャル・イノベーション研究科 准教授。ビジネスを通じて社会課題を解決できる仕組みを考えたいという想いから、2007年新卒として外資系コンサルティング会社に入社。2011年6月退職。独立後は、被災地での産業活性プロジェクトや、企業途上国・新興国進出支援として、東南アジアだけでなく、中東・中央アジア・アフリカで事業開発に関わる。また、2014年にAWSEN(アジア女性社会起業家ネットワーク)を立ち上げ、アジアを中心に女性社会起業家支援に尽力、現在は国内の女性の創業・起業や就労支援にも携わる。
地域に根ざしながら、グローバルな視点とアントレプレナーシップを醸成

――まず、WE-Naganoの概要を教えて下さい。
「WE-Nagano(Women Entrepreneurs Nagano)」は、長野県立大学が主催するプロジェクトで、すべての「わたし」が創造的に生きることを応援する取り組みです。地域に根ざしながらグローバルな視点を持ち、より良い社会や未来をつくっていくために、議論や交流を行っています。
名称の “W” (Women) は、これまでの社会システムとは異なる視点という意味での女性的リーダーシップの必要性や、現代社会で未だ可能性を拓ききれていない女性という存在への期待を表現しています。
また、”E” (Entrepreneurs) には、起業家精神、つまり、自らの可能性を信じ、新たな世界を拓いていく姿勢を、事業を起こす人に限らずすべての人が持てるようにという願いを込めています。
2023年1月頃から有志で準備を進め、2024年3月8日の「国際女性デー」にプロジェクトの発足をお知らせできることとなりました。事務局は、長野県立大学・大学院の教員や学生が務めており、年齢やジェンダーや国籍を超えて、幅広い参加者の皆さんが集い、共に考え、交流してもらえる機会になればと願い、活動しています。

昨年は、「グローバル/ローカル(地域)/イノベーション・女性(女性的リーダーシップ)」をキーワードに、長野市で第1回「WE-Nagano Global Conference」を開催しました。
国内外のスピーカーによるセッションやワークショップを通じて、アントレプレナーシップ(起業家精神)を持つ一人ひとりが、国籍・性別・世代・分野を超えて未来を創造していく場として今後も継続していきます。
――「すべての『わたし』を創造的に生きよう」というメッセージがとても印象的ですね。
私たちは、多様な生き方を創造していくことを、広義に「起業」と呼んでいます。すべての人が、創造的に生きていくこと。生き方としての起業について考えること。そうした動きが、地域をより進化させ、持続的な社会を生み出していくと信じています。
30代で起業し、地域に入り込んだ経験から生まれた思い

――渡邉さんご自身も起業を経験しており、長年東南アジアの女性起業家支援の活動を行っていると伺っています。「WE-Nagano」立ち上げには、ご自身の経験からくる思いも込められているのでしょうか。
まず私の経歴からお話すると、私は長野県の出身ですが、進学と同時に上京して長野を離れ、大学と大学院では国際協力や国際政治、途上国支援について学んでいました。卒業後は、ビジネスを通じて社会課題を解決できる仕組みを考えたいという想いから、2007年新卒としてIBMビジネスコンサルティングサービス(現 日本IBM)に入社しました。
東日本大震災をきっかけに、2011年から陸前高田市に通うようになり、地元の気仙椿の実を活用した化粧品開発・販売の事業を立ち上げました。
しかし、2013年から大手美容メーカーが同じく気仙椿を使用した事業を開始したんです。それにより、地元の方々の間で「採った椿の実を、さやかちゃんの会社に渡せばいいのか、○○社に渡せばいいのか」と、混乱を生んでしまって。
地域のために何かをしたいと始めた事業でしたが、「よそ者」である私がどうやって地域に関わっていくのかを考え始めるきっかけとなりました。
ちょうどその頃、ミャンマーは民主化が進み、東南アジア各国への外資企業の参入が加速的に増えていました。規模は違えど、私が経験したようなことが向こうでも起きているのではないかと。どんどん外からの参入があり、変化が起きる中で、起業家達はどうやってその地域の良さや文化を守りながら経済開発を進めているのか興味を持ち、個人的にアジア諸国に通い始めたんです。
――ご自身の経験が、東南アジアの女性起業家支援につながったのですね。
最初の頃は、とにかく自費で現地の起業家を周りました。その結果、地域の良さを守りながら事業を進めている起業家たちは社会起業家と呼ばれていることが多く、更には特に女性たちが地域に根ざしてビジネスをしていることがわかりました。また、国や地域が違えど女性の社会起業家はみんな似た課題を抱えていることや、孤立しがちなことがわかってきて。
課題解決のためにはまずネットワークが必要だと、当時日本財団からご支援をいただき、2014年に「アジア女性社会起業家ネットワーク(AWSEN)」を立ち上げました。
出産と子育てをきっかけに働き方を考え直し、長野にUターン移住
――グローバルに活動を展開していたところから、長野にフィールドを移したのはどうしてですか?

「アジア女性社会起業家ネットワーク(AWSEN)」を立ち上げてから、他の仕事も含めて、毎月1~2回は海外に行くような生活を送っていたんです。この生活を続けていたら、もし結婚をしたとしても子どもを産んで育てるのは難しいだろうな、もし子どもを欲しいと思うのであれば、いずれは働き方を変えないといけないなと考えていました。
30代後半で結婚して子どもを授かり、「もう頻繁に海外に行くことも難しくなるだろうし、自分が育ったような自然が近くにある土地で子育てをしながら働きたい」と考えていた頃に、長野県立大学の大学院立ち上げにあたり教員をしないかとお話をいただいたんです。
長野には実家もありますし、子育て環境も良さそうだったので家族で長野にUターンしてきました。
――そこから「WE-Nagano」立ち上げにもつながっていくのですね。
長野県立大学は、ミッションとしてグローバル発信、リーダーシップ育成、地域イノベーションを掲げています
前長野県立大学の理事長を務めていた安藤国威さん(現在は長野県立大学顧問)の「地域イノベーションの要は、女性である」という想いと、私の「アジアの女性起業家コミュニティと長野をつなげたい」という想いから、今後の地域イノベーションのあり方について、「女性的な」リーダーシップやグローバル視点を加え、長野県から発信・交流していく機会を作ろうと「WE-Nagano」が動き出しました。
インタビュー後編では、第1回Global Conferenceを終えての手ごたえや、今年の見どころを伺います。
▷「WE-Nagano」の詳細、カンファレンスの申し込みはこちら!